第11話 元盗賊は日陰者

未来の神絵師ニクキンとの交渉結果に満足した俺は、軽い足取りで帰路についた。部屋の戸を開けると、マオマオがぐったりと横たわっていた。部屋中に鳴り響く鈍い重低音の不協和音。それはマオマオのお腹の音だった。


「こ、こんな時間まで従属奴隷に餌を与えず、ほったらかしにしておいて……。本を読んで情報収集するのも、大量の栄養を消費するのよ……。ぐう……」


「あ、ああ……、すまんすまん。ちょっと話が盛り上がっちゃって、こんな時間になっちまった。食料はあったから勝手に作っても良かったんだが……」


「あたしに残飯にも劣るものを食べろっていうの!?」


「自分で言うんかい! ああ、分かった分かった。いま準備するからもうちょと待ってくれや、従属奴隷さん」


俺はマオマオの態度に呆れつつも、幾つかの食材を調理場に運び夕食の準備をする。久しぶりにエロゲキャラの話に盛り上がったためだろうか。心地よい疲労を感じると、食事後にすぐ床に就いてしまった。


気が付けば朝だった。余程疲れていたのか気分が良かったのか、いつもよりぐっすりと眠れたようだ。辺りを見回すが、マオマオの姿は無かった。どうやらマオマオが朝食の催促をするよりも早く起きたようだ。


「よし、この調子でエロゲー製作の人材を集めて行くか!」


背筋を伸ばした俺は、床から立ち上がると朝食の準備をすることにした。


――――――――


「ねえ、タロウ。今日も出かけるの?」


朝食を食べ終え、満足そうな顔のマオマオが、今日の俺の予定を聞いてきた。


「ああ、一応その予定だ。夜遅くなる可能性もあるから、夕食は保存食を準備しておいた。適当に食べてくれ」


「はあ……。従属奴隷の餌を保存食で済ますなんて、とても怠慢なご主人様ね……」


そんな捨て台詞を吐くないなや、床に積まれた分厚い本をモゾモゾと読み始めた。誰だよ! 『可愛い女の子の従属奴隷持ちね!』とか言った奴は! ……はあ、朝から少し疲れた……。


出かける準備をし宿屋から出ようとすると、ちょうどパインと鉢合わせする。


「あっ……! タロウ、もしかして今日もお出かけ……?」


「あ、ああ……、今日も仕事関係でな……」


「そっか~~。仕事じゃしょうがないね」


顔を伏せ尻尾をだらりとするパイン。


「ああ、実はパインに頼みたいことがあるんだが、いいか?」


俺がそう言うと、パインは顔を上げ尻尾をパタつかせる。


「なになに? パイン、タロウのお願い聞くよ!」


俺は、パインに今日やって欲しいことを伝える。パインは耳をぴくぴくと震えさせながら俺の話を聞いていた。


「りょーかいだよー。じゃあ、お昼くらいに。ちょっと楽しみ」


「ああ、よろしく頼むぞ」


早々に最初に考えていた予定を済ますことができた俺は、本命の人物が居る場所へ向かうことにした。


しばらく歩くと目の前に巨大な外壁が見えてくる。ここ『ナツハバラ王都』は城郭都市だ。城壁で周囲を囲み魔族の防御した都市機能を有している。そして、外壁に近くなるほど、王都に住む国民の階級も下がってくる。とは言っても、殺伐としたスラム街みたいになっている訳ではなく、傍から見ればそれなりに裕福な生活をしている場所だと思う。これを見るだけでも、ナツハバラの国王が有能なのが良く分かる。姫様はポンコツだけど。


俺は外壁の近くに並ぶ、一軒の少し古めかしい家に足を運ぶ。戸を叩くと中から、一人の中年風の小柄な男が姿を現した。


「おお、勇者の兄貴じゃないですか! ああ、今はタロウの兄貴でしたっけ?」


気さくに俺に話しかける男。名は『ゲスオ』

元々は盗賊や工作員などをやっていていたが、最終的には俺たちの仲間として、魔族の動向などを探るための偵察役などで活躍を見せてくれた。ゲスオが居なかったら、恐らく魔族との戦争はもっと長引いてしまっただろう。戦争の影の功労者だ。


「元気そうだなゲスオ。あと『兄貴』というのはちょっと……。多分、年も上なハズだし」


「いやいやいや! タロウの兄貴のおかげで俺は死罪を免れることができたんですよ! 年齢なんかは関係なく、尊敬できる兄貴的な存在なんです!」


目を輝かせて力説するゲスオ。正直、呼ばれ方などそこまで気にしないので、もう好きに呼ばせることにした。


「それで、今日はどんな御用で?」


「あ、ああ。ここの暮らしにはなれたか?」


「ええ、おかげ様で。まあ、俺みたいな奴が表に出るのもアレなんで、裏方の仕事や雑用なんかをやらせてもらってますぜ」


「そうか……」


さて、どうやって話を切り出そうか。今の生活に満足しているようだし、盗賊や工作員時代のことを思い出させるのは悪いような気がしてきた。……しかし、エロゲー製作のためだと心を鬼にして、ゲスオに尋ねてみる。


「ゲスオ、俺が盗賊や工作員時代のことを聞きたいと言ったら、やっぱり嫌か?」


「へっ……? 別にかまいやしませんけど。タロウの兄貴のためだったら、何でもバッチリしゃべりますぜ!」


「そ、そうなのか? ほら、過去のことは忘れたいとか、そう思ったりしないか?」


「ははは! タロウの兄貴、このゲスオ、そんな繊細じゃありませんよ! 何だったら、●●●を▲▲▲して○○○されながら■■■された女の話とかします?」


「お、おう……、いや大丈夫だ……。安心したよ……」


鬼畜系エロゲータイトルも真っ青の単語が幾つか出てきてしまう。しかも、ゲスオの話は実際にリアルで起きた出来事なので、妙に生々しい感じなんだよな。鬼畜系エロゲーの大半は妄想の域だとは思うが、ゲスオの話はリアリティがあり力がある。

感動系の物語重視、エロ部分はおまけ程度のエロゲーもあるが、本来、エロゲーにとってエロシーンのリアリティは重要なものだと思う。その部分を力のある文章で表現できそうな人材として、俺はゲスオに目を付けていた。


「ゲスオは、他にも噂話や他国の内情とかそういうのにも詳しかったりするんだよな」


「そういう仕事からはもう足を洗いましたが、まあ、ちょっと前のことなら覚えていますぜ」


「フィクション……、ええと、嘘の話とか作れたりする?」


「嘘の話? 嘘の噂話とかそんな感じですか?」


「ああ」


「下級国民が好きそうな恋の話とか、作ったことありますぜ、タロウの兄貴」


「マジで!?」


「えっ!? ええ……。適当な話題作りしたりしながら町や村に溶け込んで、必要な情報を聞き出していくのは結構有効なんで」


「うむ。よし、ゲスオ! 俺たちが作ろうとしているエロゲーのシナリオを書いてくれないか! 今までの話の内容から、お前なら任せられると確信した」


「エロゲー……? ああ、タロウの兄貴が商売で始めようとしている遊戯でしたっけ」


「そうだ」


「む、無茶言わないでください、タロウの兄貴。俺なんて日陰者は、タロウの兄貴がするような崇高な仕事は似合わないですよ。それに……」


「それに?」


「それは、一人でする仕事じゃないんでしょ? 仲間と仕事するなんて俺には無理です……」


「勇者パーティーの仲間として、みんなと戦ってきたじゃないか?」


「はは、仲間だなんて誰も思ってませんよ。都合のいい潰しの効く偵察役くらいじゃないですかね? それでも、俺はタロウの兄貴たちのために戦えたから嬉しかったですが」


「ゲスオ……、お前、結構繊細な性格じゃないか……」


「はは……、だから……、無理っす」


ゲスオはしょんぼりと顔を伏せる。ちょうどその時、遠くから何人かの話声が聞こえてきた。


「……仲間だと思っていないのは、お前だけかもしれないぞ」


「……えっ……?」


顔を上げるゲスオ。ゲスオの視線の先には、かつての勇者パーティーのメンバーの姿があった。姫様は居ないけど……。先頭のパインが声を上げる。


「タロウ~~! みんなに声を掛けてきたよ~~」


「な、みなさん……、どうして……?」


「謁見の祭典でゲスオ居なかっただろ? だからゲスオを交えて、もう一回祝おうって俺が声を掛けたんだ。みんな来てくれただろ? お前が思っていなくても、俺たちにとってゲスオは仲間なんだよ」


「タ、タロウの兄貴……!」


それから、ゲスオを交えて元勇者パーティーの昼食会が始まった。みんな、ゲスオのことが気になっていたらしく、元気な姿のゲスオに話しかけていた。そして昼食会は飲み会へと変貌し、謁見の祭典の後の祝賀会以上の盛り上がりを見せた。そして、飲み会は地獄の飲み会へと豹変し、日が暮れ夜になるまで続いてしまう。


「……おい、ゲスオ……。……生きているか……」


「タ、タロウの兄貴……。ニ、ニクキンの旦那と、マ、マジカ様は、そ、底なしですか……」


「……あ、あの二人は……、特別だな……。俺の何倍飲んでいるんだ……、まったく……」


「……あっしも酒には強いと思ったん……ですが……、まったく……かなわねえや……ひひ……」


「……ふふ、そうだな……」


「……タロウの兄貴……。あっし、兄貴の仕事を手伝ってみたいです……、仲間として……、頑張りたい……です……」


「……おお、よろしく……たの……」


そこで、酒に飲まれてしまった俺の意識は遠のいてしまった。

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