第10話 異世界の神絵師

「んっ? タロウじゃないか、どうしたんだ?」


王城からかなり離れた、とある古めの宿屋の一室。床を踏むとギシギシと床鳴りするほど老朽化が進んでいる宿屋。戸を叩き中に入ると、ニクキンが荷物の整理を行っていた。報奨金も出たし、もっと良い宿屋は幾らでもあるのだが、ニクキン曰く『こういう場所の方が、落ち着く』だそうな。


「もう、帰る準備をしているのか?」


「ああ、謁見の祭典も終わったしな。故郷に帰って、ゆっくり今後を考えようと思ってる」


「故郷に戻って、何かするのか? もう魔王は倒して魔族も現れないから、戦士として戦う機会もそうそうないだろう」


「あれだけの報奨金があれば、故郷の復興も早く終わるだろうからな。復興の手伝いでもして、終われば子供にでも戦士の手ほどきでもするさ」


ニクキンは、少し寂しそうな表情でそう語った。そんな顔を見て、俺はさっそく懐から先ほど見つけた紙を広げ、ニクキンに見せる。


「なあ、ニクキン。この絵、覚えているか?」


少し汚れのある紙には、一人の女性の肖像が描かれていた。

少し癖のある独特のタッチだが、素人の俺でも分かるほど上手な肖像画だった。


「おお! そんなものまだ持っていたのか!確か、ヤンデーレ様が旅の途中で迷子になった時に描いた変装した時の似顔絵じゃないか!」


「姫様、10回以上は旅先で迷子になってたからな。この似顔絵のおかげで、なんとか無事に姫様が生還できたって訳だ」


「おいおい、大げさだな、タロウは」


いや、全然大げさじゃないぞ。あの姫様は妙にアクティブに動き回るからな。厄介なことに身バレしないように巧みに変装までして一般人に紛れ込むから、この似顔絵が無ければ見つからずに行方不明になった可能性は非常に高い。


似顔絵を見つめ、少し嬉しそうにするニクキン。描いていたときのことを思い出しているのかもしれない。

そんなニクキンの表情で確信した俺は、ニクキンに声を掛ける。


「ニクキン、お前、絵を描きたいんじゃないのか?」


「……獣人族の俺が絵を描いたところで、誰も見向きもしないさ。そういうのは上級国民で、幼少の頃から絵を学んだ者がやるもんだと決まっている」


「いいや、そんなことは無いぜ!」


俺は、はっきりと言い切る。


「絵っていうのは、描き手の熱意が一番大事だと思っている。確かにお上品な上級国民様の絵は綺麗だ。だが、ただ教えられた技法で綺麗に描いたコピー品のようなものが多かったりもする。それは『利益を得る』ことを最優先している者が多いからだと思う」


「…………」


「だが、ニクキンの描いたものは違う。描き手の熱意を感じる。工夫を感じる。戦士をやりながら、これほどまでの絵を描けるようにどれだけ努力をしたんだ? 相当に好きじゃないとここまで上手くならないと思う」


俺は、姫様の似顔絵をニクキンに突きつける。


「そ、そうか?」


ニクキンは自身が描いた絵を褒められて、まんざらでもない様子だった。これは、もう一押しだな。


「どうだ……? 俺が想い描く『エロゲー』の絵を描いてみないか?」


「お、俺が……? 俺なんかより上手い奴なら他にもいるだろう? タロウが声を上げれば、幾らでもあつまるんじゃないか」


「そんな、名声に集まるような奴らはいらん。俺は、ニクキンにエロゲーの絵を描いて欲しいんだよ!」


「……タロウ……」


部屋に静寂に包まれ、隙間風の音が微かに耳に入ってくる。俺はニクキンの返答を待つことにした。ニクキンは、何かを考えながらその場をぐるぐる回っていたが、しばらくすると足を止める。


「……タロウ、そのエロゲーの絵というものの詳細を、少し教えて貰えないだろうか。一度描いてみようと思う。出来た絵でタロウが判断してくれ。もちろん贔屓目なしでだ」


「……なるほど、了解だ」


それから俺は、エロゲーのイラストについての詳細を事細かにニクキンに教えた。絵心の無い俺は下手糞な絵と言葉で、できるだけ伝わる様に懸命に話した。ニクキンも真剣な眼差しで俺の話に耳を傾けてくれた。

そうして気が付けば、窓の外はもう日が落ち、薄暗くなってしまっていた。


そして、悪戦苦闘の末、ニクキンは一枚のラフ絵を完成させる。


「……どうだ? お前の説明に近いように描いてみたんだが……。しかし、これでいいのか……? 目がデカくて、胸もおかしい位に大きくないか? 太もももパンパンだし、こんな太ももした女がいるのか……?」


「すげえ……、すげえよ! ニクキン! 俺のあの説明で、ここまでの女の子の萌え絵が描けるなんて! 少し練習すれば神絵師間違いなしだぞ! SNSでも万単位でいいねが貰えそうだ!」


「そ、そうか? SNSってのがなんのことか分らんが、どうやらタロウの希望に近いものが描けたようだな」


紙に描かれたのは、軽装の鎧を装備した巨乳ロングヘア―の女の子アニメ風のイラストだ。少しリアル調な部分もあってバランスが悪かったりもするが、この辺りは練習してもらえればすぐ改善するだろう。


ニクキンが描き上げたイラストにおおよそ満足した俺は、最後に非常に重要なことをニクキンに聞く。


「なあ、ニクキン? この絵の女の子、萌え……、ええと、可愛いと思ったりするか? それとも何か奇妙に感じるか? 率直な意見を聞かせてくれ」


「そうだなぁ……」


「……………………」


「……………………」


「……………………」


「うむ、現実には居ないと思うが、目が大きい所とかは飼育している動物っぽくて可愛いと思うぞ。もう少し柔らかい感じに描けば、女性らしい可愛さがでるかもしれん」


俺はニクキンの言葉に、ホッっと胸をなでおろした。ニクキンは嘘が苦手だからな。ニクキンが可愛いというなら、この異世界でもアニメ絵は通じる絵柄なのだろう。


「しかし、胸や太ももが強調されすぎだとは個人的に思うが、どうなんだ?」


「これは、これで、性癖に刺さる人が沢山いるからいいんだよ」


「そ、そうか……?」


「それで、どうだ? エロゲーの絵、描いてくれるか……?」


「……………………」


「……………………」


「……………………」


「……ニクキン……?」


「ああ! よし、決めたぞ! タロウ! 俺は最高のエロゲーの絵を描くぞ! お前の言う『神絵師』というのを目指してみたくなった!」


ニクキンは先ほど描いた巨乳ロングヘア―の女の子の絵を両手で掲げ、返事をくれた。その表情は何かを吹っ切ったような、清々しい笑顔だった。

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