第5話 狂信者
「やれやれ、やっと堅苦しい式典も終わったな」
謁見の祭典は、若干のハプニングがあったものの滞りなく終わった。王様との交渉で、まずはエロゲーの独占販売を認めてもらうことができた。俺はその結果に満足すると、王様が準備してくれた祝賀会の会場へと足を運ぶ。
「おお、勇者、お疲れだな! おおっと、今は『エロゲ・タロウ』だったか?」
大型の男、ニクキンは巨大なジョッキのようなコップに注がれた酒をぐびぐびと飲んで、既に出来上がっているようだった。相変わらず酒には目が無いようで。
「長いから『タロウ』でいいぞ」
「そうか? しかしなんで『エロゲ・タロウ』って名前にしたんだ?」
「『エロゲ』って単語は、俺の居た世界じゃネガティブ……、つまり否定的な意味が強かったんだ。でも、この世界じゃ元勇者の名前に『エロゲ』って付いていたら、前向きなな意味でとってくれるだろ? タロウは俺の世界じゃ一般的な名前で、語呂が良かったからかな?」
「なるほど、確かに元勇者の名前にあやかって『エロゲ』って子供の名前を付ける親が多くなりそうだな」
「『エロゲちゃん』か……。俺の世界だったら、間違いなくいじめられる名前だな……」
そんな世間話をしながら、テーブルに置かれていた酒に手を付ける。酒はあまり得意ではないが成人だし、たまには飲むのも悪くはないだろう。
祝賀会の会場は俺たち勇者パーティーだけにしては十二分に広く、周りに飾られた祝花からは、香しい良い匂いが部屋全体に広がっていた。大量の飲み物や軽い軽食も準備されており、祭典緊張の解けた皆々は楽しそうに団らんを楽しんでいるようだった。
「しかし、報奨金ってあんなに貰っていいものなのか? 気前がいいのは嬉しいが、魔王討伐で国の財政も大変だろうに」
「確かにな。もう働かなくてもよさそうな位な金額だったよな」
報奨金の話で盛り上がっていると、女魔法士のマジカが俺たちの会話に参加してきた。
「気にするな、ニクキン。命を掛けた戦い、それに見合うだけの報酬は当然だろう?」
「そうか?」
「ああ、勇者パーティーがいなければ、世界は魔族種に滅ぼされていたかもしれないんだからな。税金を納める国民も文句は言うまい」
「四大魔法士様がそういうなら素直に喜んで受け取ることにしよう! それじゃあ、今日は気が済むまで酒を飲み明かすか!? こんな極上な酒をたらふく飲める機会なんて、これからの人生そうそうないからな」
ニクキンが酒を取ろうとしたとき、小柄な女がカナデがひょいと酒を奪いとってしまう。吟遊詩人のカナデだった。
「お、おいおい、流石に今日くらいは酒を飲ませてくれよ、カナデ」
「い、いえ、そうではなくて、ニクキン様! 私がお注ぎしますから!」
すると、カナデは少し頬を赤らめ嬉しそうに酒の瓶を掴み、ニクキンに酒を注いでいく。
「おおっと!」
なみなみと注がれた酒を、ニクキンは一気に飲み干してしまう。
「うむ、やはり女性に注いでもらう酒は、格別に美味いな」
「そ、そうですか……? それは良かったです……」
「そうだ、カナデ。何かこの酒の席にあう歌はないか? 吟遊詩人カナデの美しい歌を聴きながら飲む酒は、更に上手くなりそうだ」
「そ、そんな……」
一瞬困った表情をしたカナデだったが、何かを決意した様子で深呼吸をする。
「……はい、ニクキン様。それでは、今日、この日、素敵な勇者パーティーのために、一曲歌わせて頂きますね……」
仲間たちからの盛大な拍手を受けたカナデは、その場で静かに歌い始める。
落ち着いてしっとりしている感じのバラードのような曲、部屋全体を優しく包み込んでいく。
「ねぇ」
その美しい歌声に聞き惚れていた俺の腰を、マジカが突っつく。
「ん?」
「気が利かないね。もう少し二人の世界に浸らせてあげようじゃないか? タロウ」
「あ、ああ、そうだな……」
俺とマジカは、二人に悟られないようにそっとその場を離れると、少し離れた場所でカナデの歌に耳を傾けた。
「……あの二人、上手く行くかな?」
「……獣人族と人間族の禁断の恋なんて、劇的じゃない……、是非とも行く末を見守りたいわね」
「マジカ……、お前楽しんでいるだろ……?」
「ふふ、どうかしら……?」
そんなたわいもない話をしながら、俺たちはカナデの歌が流れるゆるやかな時間を楽しんだ。
「……ご清聴、ありがとうございました……」
カナデが歌い終わると、俺は溢れんばかりの拍手を彼女に送った。カナデの歌は旅の間に何度か聞いたが、今聞いた歌が一番心休まる歌だったように思える。恐らくカナデが想う人のために歌ったからだろうか。
俺は、ふと『藤林せおり』のメインテーマを小声で口ずさんだ。俺は彼女を想い何時間このテーマを聞いたことだろうと……と。
カナデの歌が終わると同時に、複数のメイドたちが豪華な料理をワゴンに載せ会場に押し寄せてきた。上質な肉の焼ける芳ばしく食欲をそそる匂いに会場全体が満たされてると、腹の虫は鳴ってしまう。
そんな匂いに気を許していた俺の手を、誰かが強い力で掴んだ。
「おお!?」
入ってきたメイドの一人だろうか? 俺の手を掴むと、そのまま会場の出口へ力任せに引っ張っていく。気を許していた俺は、メイドにずるずると引きずられるように会場から出てしまう。出口付近には人の気配は無かった。メイドは乱暴に握っていた手を放すと、これ見よがしに俺を睨みつけてきた。
「んっ……? お前、姫様のお付きのメイドだったような……?」
「くっ!」
「おおっ!」
メイドは俺を睨みつけ殺気を放つと、懐から刃物を出し俺に向かってきた。
「くっ!」
あまりに強い殺気に、体が勝ってに動いた。刃物を持つメイドの腕を持つとそのまま後ろに肩を捻り上げる。関節の嫌な音が鳴る。
「~~~~~~~!!!!」
メイドは苦痛の表情を浮かべ、刃物を手から落とした。
「……姫様、姫様、姫様、姫様、姫様、姫様、姫様、姫様、姫様……」
「お、おい、刃物まで出して穏やかじゃないな、ちょっと落ち着けよ……」
「……勇者、殺す、勇者、殺す、勇者、殺す……」
体を拘束しなんとかなだめようとするも、メイドは死んだ魚のような目をしながらがら、ぶつぶつと何かを呟きめちゃくちゃ暴れまくる。
「んん……? どうしたタロウ……。……と、メイコ……?」
そんなタイミングで、会場から出てきたマジカが、俺たち二人に気付く。床に落ちている刃物に気付くと、真顔でこちらに近づいてくる。
「二人ともこちに来い。いいな」
珍しいマジカの強い口調。メイドもマジカの言葉に我に返った様子だった。俺(とメイド)は、またしても引きずられるように、会場から少し離れた空き部屋に連れてこられた。
すぐさま、甲高い音が部屋に響く。部屋に入るやいなや、マジカはメイドの頬に平手打ちをする。
「メイコ、分かっているのか?」
そして、また平手打ちをする。
「刃物をタロウに突きつけるなんて。それこそ極刑だぞ」
そして、また平手打ちをする。
「本当に解っているのか?」
そして、また平手打ちをする。
「なんとか言え」
そして、また平手打ちをする。
いや、何か言おうとしているようだがその前に、平手打ちが飛んできているような……。流石にメイドが可哀そうな気がして、俺は割って入る。
「な、なぁ、もう、その辺で許してやったらどうだ……。なんか可愛そうで……」
「そうか? タロウがそういうなら」
マジカは名残惜しそうに平手打ちを止める。マジカ……、薄々Sだと思っていたが違った……。マジカはドSだった。
「ううう……」
その場に倒れこんだメイドの顔は、涙と平手打ちの腫れで酷い状態だった。
「……姫様が……可哀そう……」
「もし、お前が極刑で死罪にでもなれば、ヤンデーレ様は悲しむぞ。お前は更に、姫様に追い打ちをするつもりか?」
「……ううっ……」
「メイコ、ヤンデーレ様には申し訳ないが、恋愛というのは片方の想いだけでは成就しないこともある。これはただの逆恨みだ」
「うわーーん! うわーーん!」
メイドは子供のように、その場で泣き出してしまった。
「タロウ、お前はメイコが何をしたか、何も知らない。それでいいか?」
「あ、ああ……、俺はたまたま、マジカとメイドが特殊なプレイをしているところを偶然見てしまっただけだからな」
「タロウ、感謝する。メイコ、お前は当面の間、自室から出ることを禁じる。いいな?」
冷静になったのだろうか、メイドは腫れた顔でコクリと頷いた。
「よし、それでは自室に戻れ」
メイドは、弱弱しい足取りでこの場を去っていった。
「タロウ、恩に着る。他の誰かに見られたら、間違いなく国外追放か死刑だったからな。メイコは少々、いやかなりヤンデーレ様を崇拝していてな、結婚を断ったタロウが許せなかったのだろう」
「しかし、まさか刃物で突撃してくるとは思わなかったぞ……」
「予想以上に狂信者だったようだ。出来れば、タロウも少し言動に気を付けて貰えると助かる」
「わ、分かった。善処しよう」
「よし! それで、この件の埋め合わせという訳でもないのだが、後で私の研究室に来てくれないか……?」
「マジカの研究室に? ああ、構わないが……」
そういえば、謁見の祭典であの件についての話題がでることは無かった。結構ヤバい話題なので、確認しておいた方がいいだろう。
「ああ、俺もちょっと聞きたいことがあったからな……。祝賀会が終わったらおじゃまするよ」
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