第3話 妄想の姫君

話の時は戻り、二年前の魔王討伐直後の物語――。


煌びやかな装飾がほどこされた家具の並ぶ、わたくしに相応しい豪華な一室。立て掛けられた大きな鏡の前で、純白のドレスを纏った私は、私専属のメイドの『メイコ』に化粧を施して貰っている。


「姫様、おめでとうございます! ようやく勇者様と結ばれる日がきましたね」


メイコはまるで自分のことのように喜んでくれて、それがとても嬉しかった。

今日は勇者様が魔王を討伐した栄誉を称える『謁見の祭典』。そして、勇者様と私が遂に結ばれる婚約の日――。


私は『ヤンデーレ』

異世界から勇者様を連れ、魔王討伐の勇者パーティーで回復役ヒーラーとして活躍、勇敢に戦った『ナツハバラ』王国第二王女ですわ。


魔族による三種族への侵略戦争は、勇者様の活躍で終焉を迎えることになった。魔王の死を悟った魔族たちは侵略を諦め、自身の領地へと戻っていった。過去の記録を読む限り、次の魔王が誕生するまで100年程度、魔族は戦争を仕掛けてこないだろう。

終戦直後しばらくは混乱していた民衆も、勝利を実感し始めしだいに復興も始まりつつあった。そして、人々が落ち着いた時期を見計らい、国王は『謁見の祭典』の開くことになった。勇者様の栄誉を称え、終戦と勝利を宣言し国民に活気を与えるためだ。

さらに、勇者様の褒美として、次期国王の座の確約と、私との婚約も正式に公表することにもなっていた。


「姫様、今日の婚約の件、まだ勇者様はお知りにならないのですよね? きっと驚きになるでしょう」


「うふふ、メイコもそう思いますか……? ああ! 勇者様との冒険の日々で積み重なった愛の絆……、やっと、身を結ぶのですわ……!」


「本当に、本当に、おめでとうございます!」


メイコに髪を梳かしてもらいながら、私は目を閉じ勇者様との愛を育んだ日々を思い出す。


最初の出会いは、私が異世界へ旅立ってすぐのことだった。


魔王との闘いで最後の切り札となった『異世界からの勇者召喚』。私は勇者様をこちらの世界に誘うため、使者となり勇者様の世界へ旅立つことになった。


勇者様の世界は、私が想像したよりもとても不可思議な場所だった。戸惑いがあったが、どこからか流れる良い匂いの香りに、私は吸い込まれるようにその匂いの出所となる場所に入っていった。そこは、多くの人間がひしめき合うとても狭く息苦しい場所だったが、皆が提供される食事を楽しんでいる様子だった。

空腹だった私は、提供する食事を指さすと、その場所の主人と思われるにこやかな男が、同じ食事を私の前に差し出してくれた。

場所は最悪だったが、その食事は王国でだされたどんな食事よりも美味しかった。食事に満足した私は主人にお礼を言い、勇者様の探索をしようとその場所を後にすると、先ほどとは打って変わって恐ろしい形相で主人が追いかけて来た。


『コノコスプレオンナ! ムセンインショクダ! ツカマエロ!』


恐怖を感じた私は、ドレスの裾をつまんで必死で逃げた。もう少しで恐ろしい主人に捕まりそうになった時、私は勇者様に出会ったのだ!

勇者様は怯える私を庇いながら『オイハナセ! コンナヤツシラナイ! オレハムカンケイダ!』と、私を庇いながら必死に恐ろしい主人と争い戦ってくれた。

勇者様が主人と戦っているどさくさに紛れて、私は王家の秘術の転移魔法を使い、勇者様と一緒に無事、この世界に戻ってきたのだった。


勇者様は酷く興奮したようすだったが、私に向かって『ブチコロスゾ! コノアマ!』と真っ赤な顔で声を掛けてくれた。言っている言葉は異世界の言葉だったので意味は分からなかったが、勇者様の表情で私は悟った。勇者様と私は間違いなく運命の相手だということを!


それから、魔王討伐までの勇者様との冒険の日々…。最後の決戦の前日の夜の出来事…、昨日のことのように私は覚えていた。


――――――――――


「いよいよ明日は、魔王の城へ攻め込むのですね……」


最終決戦の前だからだろうか? 気持ちが高ぶり体が小刻みに震える私に、勇者様が優しく声を返してくれる。


「そうだな……。それで、姫様に、ちょっとお願いがあるのだが……」


少し照れそうな表情をする勇者様、一体どうしたのだろう……?


「な、なんですか、勇者様! このヤンデーレ、勇者様の為なら、ど、どんなことでも……、頑張って成し遂げてみせますわ!」


私の力強い言葉に感銘を受けたのか、勇者様はさらに優しい言葉を掛けてくれる。


「えっと、明日なんだが……、王援軍が在中しているこの場所で俺たちの帰りを待っていてくれないか……?」


「え……、ですか…?」


「姫様がいると足手まと…、…じゃなくて…、えーと、ほら、俺たちが戻る場所を姫様に守って貰いたいんだ! これは、し、信頼できる姫様にしかできないことなんだよ! げふんげふん」


「し、信頼……、ですか……!」


勇者様の言葉に心打たれる。

私は、勇者様の信頼に応えるために、強く頷いた。


「わ、分かりました、勇者様……! 私、ここで勇者様が戻る場所を守ってみせますわ!」


「……よし…邪魔は……。これで……戦闘に……専念……ぶつぶつ」


「それで、この戦いが終わったら勇者様にお伝えしたいことが御座いますの……!」


「……ん? ああ、分かった分かった。戦いが終わったら何でも聞こう。じゃあ、宜しくな姫様」


「はい、勇者様……!」


何でも聞いてくれると約束してくれた勇者様。ああ、やっぱり私と勇者様は相思相愛だということを改めて実感する。


(このヤンデーレ、勇者様を一生お慕いいたしますわ)


――――――――――


「うふ、うふふふふ……!」


「ひ、姫様……! 涎……ではなく、笑いがこぼれておりますよ……、少しお化粧直しさせて頂きますね」


「あら、ごめんなさい。少し勇者様との会話を思い出してしまって……」


「姫様は本当に勇者様のことを想っていらっしゃるのですね」


「ええ、もちろんよ。うふふ、私は今日、世界でもっとも幸せな女性なのかもしれないわ」


「それでは姫様のために、最高の着飾りをさせて頂きますね」


「ええ、よろしく頼みましたわよ。勇者様の晴れ舞台に恥じぬよう、最高の私をお見せいたしましてよ!」


王国伝統の衣装を纏い着飾り終わった私は、メイコとともに国王の間へ向かった。


国王の間へ到着した私は、お父様に挨拶をする。


「おお、ヤンデーレ! 今日は一段と華やかではないか! 父も嬉しいぞ」


「ありがとうございます、お父様」


私はお父様が座る玉座の後ろで、勇者様の到着を待った。

しばらくすると、正面の大扉が開き、勇者様が国王の間に現れる。


戦う姿も凛々しかったのですが、正装も素晴らしく似合っておりますわ!


そして、勇者様に続いて、懐かしのパーティーメンバーが続いて国王の間に入ってくる。


褐色の肌の小柄な女格闘家『パイン』


雷を操る四大魔法士の女魔法士『マジカ』


大柄な獣人族の戦士『ニクキン』


王国騎士団最強と言われる長身の女騎士『クッコロ』


旅先で交渉上手だった吟遊詩人の『カナデ』


数々の武具を精製し戦いに貢献した鍛冶屋の『ヒゲール』


その癒しで危機を何度も救った聖職者『イケマス』


あと、ここには居ませんが元盗賊の『ゲスオ』

確か、今は地下牢で国王の裁きを待っているはずだったわね。


たった、これだけの人数で魔族と互角に戦い、魔王を倒したというのは奇跡に近いだろう。その奇跡を呼び寄せたのが、間違いなく勇者様だった。


「勇者殿、今回の働き誠に大儀であった。異世界から来たにも関わらず、この国、いや世界の為に最善を尽くしてくれたおかげで、被害も広がらず、魔族を退けることができた。この国王、心より感謝しよう」


「……ありがとうございます、国王様」


「そして、勇者殿の手助けに最善を尽くしてくれた、そなたたち勇者パーティーにも、感謝しようぞ」


「「「あ、ありがとうございます」」」


「勇者とその勇者パーティーには、魔王討伐の証と、十分な報奨を与えることとしよう」


「…………」


「それと、元盗賊『ゲスオ』の処遇についてだが……、行ってきた罪を考えれば死罪が妥当であろうが、改心し勇者パーティーに多大なる恩恵を与えたことも、勇者殿から聞いておる。……勇者殿からも提案があり、国の監視下の元、下級国民として生きていけることを約束しよう」


「ふう……、ありがとうございます、国王様。肩の荷が一つ下りました」


「功績を考えれば、当然のこと。それから、勇者殿には送りたい報奨がまだ二つあるのだがた、受け取って貰えないだろうか」


「二つの報奨……、ですか……?」


「一つは、『次期国王の座』、もう一つは、娘のヤンデーレを貰ってやって欲しいのだ。ヤンデーレは、勇者殿に心の底から慕っておってな……」


「も、もう……! お父様」


「どうじゃ、勇者殿……?」


城内がシン……と静まり返る。国王の間の全員が、勇者様の言葉を待っている。


「……申し訳ありません王よ、その褒賞を受け取ることはできません」


「なんとっ!?」


「えっ……?」


勇者様……? 今、なんとおっしゃったのでしょうか…? 時期王の座と私との婚約を断った? そ、そんなことありませんよね。きっと私の聞き間違いですわ……。そ、そうでなければ、絶対におかしいですわ……!


「王よ、私は元々この世界の人間では御座いません。国を治めるものはやはり、この国に生まれ、この国を愛するものが継ぐべきだと考えます」


「う、うむ……」


「確かに、この国や世界に愛着も沸いてきております。しかし、私が一番にこの国を愛しているのかというと、そうでは御座いません。魔王を倒すことができたのは、だた魔王を倒す力があっただけ。力だけで国を治めることになれば、いずれ綻びがでてくることでしょう……」


「……勇者殿の考え、良く分かった。確かに、勇者殿の言う通りかもしれん。時期王に関しては、もうしばらく保留として適正な者に任せることにしよう」


「私の考えをお聞き下さり、ありがとうございます」


「それとは別にヤンデーレのことだが、娘はそなたのことを大変好いておる。時期王の座とは別に、こちらはどうじゃ?」


そ、そうよ! 勇者様はあくまで『時期国王の座』について断っただけ。私との婚約を断った訳ではありませんわ……!


「申し訳ありません、王よ。ヤンデーレ姫と結婚することはできません……」


「……えっ……」


思いがけない勇者様の言葉に、城内がざわつき始めた。


……私の耳がおかしくなってしまったのでしょうか……。今、『結婚できません』と聞こえたような……。いいえ、そ、そんなことは御座いません。私は、勇者様との長い冒険の間、ずっとアプローチをし続けて、勇者様もそれに応えてくれていましたわ。そんな二人が結ばれないなんて……、そんな馬鹿な話は絶対に御座いませんわ!


「こほん……、ヤンデーレは、少々失敗をすることあるが、愛嬌のある私の自慢の娘なのだが……、理由を聞いてもよいか?」


「……はい、王よ。私には既に心に決めた人がいるのです」



こ、心に決めた女性!?!?!? そ、そんな話、初めて聞きましたわ……。


「魔王を倒しこの世界での役目を果たした私は、今度はその人の誕生と攻略に生涯を賭けたいと考えております。王よ、どうかこの勇者の叶えたい願いの手助けを、報奨として頂けないでしょうか?」


「…………。勇者殿のその目、考えは変わらぬようだな。この件に関しては、こちらの我儘。何の関わりもないこの世界のために、魔王を討伐するという偉業を成し遂げた勇者に、その我儘を押し付けるのは失礼であろうな」


「ヤンデーレ、聞いておったか? お前が勇者殿を好いているのはおるの分かっておるが、どうか勇者殿のために身を引いて貰えないか……?」


「は、はい……、お父……様」


どうしたのでしょう……? 頭の中が真っ白で何も考えられない……。ただ、勇者様が遠ざかって行ってしまうのだけは理解できていた。ああ、これが俗に言う『悪夢』というものなのかしら?だったら、目を覚まさないといけませんね。でも、今は深く深く眠りたい。そして、深い眠りから覚めた私の目の前に、勇者様が微笑んでくれるに違いない。そう祈りながら。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る