第2話 異世界のエロゲ屋さん開店します!
魔王が討伐されたから二年が経過した、新人類歴767年――。
魔族による他種族への侵略戦争は、魔族種が生息する世界最北の地『リンゴゴ』に隣接する人間族が収める国『ナツハバラ』で召喚された勇者の活躍で終わりを迎えた。
魔族による侵略戦争は、世界に多くの爪痕を残したが、時間の経過とともに復興作業は進み、人々に活気が戻り始ていた。そして、戦争から二年も経つと人々にも心の余裕がでるようになっていた。
そんな中、『ナツハバラ』の中心街に建てられた一軒の商店では、開店準備のための準備が進められていた。
窓に掛けられた仕切り布の隙間から、朝日の光が差し込む。数十人程度が入店可能な広い店内の中央に置かれた大量の梱包材。まだ日が昇りかけた早朝にも関わらず、三人の店員が忙しそうにしながら、せっせと包装作業を行っていた。
「いいか、今回のエロゲーの箱は潰れやすいからな? 丁重に梱包しろよ? 二人とも」
まるで赤子をあやすように丁重に、そして素早く商品を梱包していく人間族の男。その男の様子を凝視しながらゆっくり丁寧に梱包する、頭に特徴的な耳と腰に尻尾をつけた活発そうな獣人族の女。そしてもう一人、男の梱包を真似て同じように的確に梱包する、長い黒髪の小柄な少女。三人は言葉は発せず黙々と作業を続ける。
窓から差し込む日の光が強くなりはじめたころ、机の上には綺麗に梱包された100個程度の商品が仕上がっていた。
「100本くらいなら同人のノリで自分たちで梱包できるが、もう少し数が多くなるようなら、梱包作業も人を雇うか外注にしないとならないな……」
商品には、この世界の文字で『野々村ギルドの人々』と書かれており、その前面には大きな金色の髪をなびかせた女性が、着崩れした衣装から胸と太ももを露わにした卑猥なイラストが描かれていた。
「はああ、やっと終わった……! 箱詰め……。 タロウの世界ではパッケージングって言うんだっけ、これ、なかなか大変だね……」
「お疲れ様、パイン。説明書とか入れ忘れしてないよな……?」
「うん! タロウのやり方を真似してやったから大丈夫だよ。で次はもうちょっと早くできるように頑張るね! でも、なんでこんな紙の箱なの?」
「エロゲーのパッケージは目立ってなんぼなんだよ。だからパッケージはデカい。コスト的に紙じゃないと割に合わん。しかし、箱を折れるくらいの紙はこっちの世界ではまだ高価だから、できるだけ失敗しないでくれ」
「分かったよ~~」
屈託のない笑顔でそう答える女。名は『パイン』
二年前の魔王討伐戦争において、勇者パーティーに所属して活躍した格闘家の女だ。今はエロゲ屋の店員として雇っている。
「これが、完成したエロゲー……というものですか……? 人間はこれを大枚をはたいて好んで買うの……?」
商品の卑屈なイラストをマジマジと製品を見つめながらつぶやく、黒髪の女。名は『マオマオ』
訳ありで今は俺の従属奴隷として、この店で働いて貰っている。
「そうだぞ、マオマオ。先日、上級と中級国民に配布した体験版は、結構評判良かったらしいからな。多少高額な販売価格にしたが、100本程度だとすぐに完売してしまうかもしれないな」
「そ、そうなの……?」
「ああ、多分」
「だって、これ一つ購入するお金で、100日程度は豊かな生活ができるはずでしょう?」
「流石にこの世界で初めてのパッケージ製品だからな。それくらい結構なコストが掛かっているだよ。まぁ上級と中級国民のお客様なら、もの珍しさもあって買ってくれると思うぞ。多分」
「金持ちの道楽ね」
「趣味ってのはそんなもんさ。いいんだよ、金持ちがお金を使ってくれればその分、この国の経済も回る訳だしな」
俺はそう答える。
俺の名は……『エロゲ太郎』。当然だが元の世界の本名ではない。勇者の役目を終え、この世界でエロゲーを作ると決めた時、俺はこの世界での名乗りを勇者から『エロゲ太郎』にした。理由は色々あるが、エロゲーという単語をポジティブに捉えてほしい、そう考えての名前だ。
「売れるかな……。みんながこの一年頑張って作ったゲームだから、売れてほしいな~~」
パインは、商品を両手で掲げそう呟く。
「大丈夫だと思うぞ、心配するな。多分」
「『多分』が多いから、不安になるのよタロウ」
「ああ、すまん……。なにぶん初めての販売だからな。実際開店しないと結果は分からん」
「この体験版のゲーム、いいところで終わっちゃったよね。私は続きやらせてもらったけどさ」
「だから、体験版なんだろ? 面白くなる直前までを体験してもらって、完成した商品を購入してもらうためのものだしな」
「そうだね! 続きが気になって買ってくれる人が沢山くるといいな!」
リサーチをした限り、体験版の評判は手ごたえがあった。きっと大丈夫……だと思っているが、『本当に売れる?』と聞かれると少しばかり不安になってきてしまう。
心配になった俺は、店の窓の仕切り布をめくり外の様子を窺う。
「……二人とも、ちょっとこっちへ」
俺が二人に手招きをする。何事かと二人は俺の傍に寄る。
「こっそり窓から店前の様子を覗いてみな。気付かれないようにな」
顔を見合わせた二人は、気が付かれないように窓に近づきゆっくりと外の様子を覗き込む。
「「あっ!」」
そこには、まだ開店時間まえだというのに、数十人のお客が談笑しながら開店の時を待っていた。ほとんど男性だが、女性の姿も数名見かけられた。
「すごいよ、タロウ! 開店までまだ時間があるのに、お客さんが並んでいる!」
「驚いたわね……。まさか、もう並んでいるだなんて。それに、女の人もこれを買うの?」
「今回の作品『野々村ギルドの人々』は、とある村のギルドで起きた失踪事件を解決する探偵っぽい冒険者の、サスペンス色の強いストーリー性の強いゲームだ。この世界の物語としては斬新なシチュエーションだったからな。初めての商品だからエロシーンは控えのお色気程度にしといたから、ストーリーの続き見たさに買いに来る女性がいても不思議はない」
「ふーん、そうなんだ……。いろいろ考えて作ったのね」
「まぁ、女性には女性向けの商品を、そのうち製作してもらうさ」
「……『藤林せおり』……。彼女はこの作品にはいないのね……」
マオマオは、ぽつりと一人の名前を呟く。
「『藤林せおり』……、彼女がこの世界に降臨するには、まだハードとソフトの技術がまったく足りない。せめてポロイステーションくらいの性能が出せる魔道具ができないとな」
ポロリステーションとは俺の世界での32BITのゲーム機だ。アニメーションや音声なんかも問題なく再生できる名機だ。しかし、この世界でエロゲーを再生できるハードは8BITのファミコソくらいの性能の魔道具だ。『藤林せおり』が登場する『どぎまぎメモリーズ2』を動かすには、ハードの進化が必要だろう。
もっとも、この二年でファミコソくらいの性能の魔道具を作ることができたのだ。その進化は元の世界の数倍くらいはあるだろう。
「……良く分からない単語が多かったけど、技術がまだタロウの世界に比べて足りないってことね。早く見てみたいわ、タロウが私を倒すほどの想いを寄せた『藤林せおり』という存在を……」
「ああ、あいつらならきっと、最高の『藤林せおり』を誕生させてくれるさ」
「そう、楽しみね」
北の方角を見ながら、マオマオは静かに微笑んだ。
「それじゃあ少し早いが、お客様を迎えるか! 開店後、俺は外でお客様の案内をするから、商品の説明や販売は二人に任せたぞ。パインは支払いのお釣りとか間違えないように! あと、笑顔だぞ。女性店員が笑顔でエロゲーを売るというのがポイント高いんだ」
「だ、大丈夫! マオマオに頼んで一生懸命接客の練習したから、任せてよ!」
「ええ、パインなら大丈夫よ、あの地獄の接客特訓から生還したのだから…」
どんな特訓をしたのか少し気にはなるが、マオマオが太鼓判を押しているのだ。きっと大丈夫だろう。
かつて、秋葉原では金曜日になると、数キロの長蛇の列がエロゲー販売店に出来たという。残念ながら俺の世代では、その素晴らしい光景を目にすることができなかった。多くの原因によりエロゲーの開発会社は潰れ、衰退する一方だった。
だから、俺はこの世界で、社会と共存する衰退しないエロゲー文化と、この世界の『藤林せおり』を誕生させるという野望を胸に抱いたのだ!
店の扉の取っ手に手を掛ける。ここらか、俺の本当の冒険が始まるのだ。
「お客様、お待たせいたしました。世界で初めてのエロゲ屋『チチマップ』、本日より開店します!」
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