完結後番外編

相手がいるとは思ってなかった 前編

 それは俺がこのK村に移住してから1年以上が経った、春の終わり頃のことだった。

 畑野さんの伝手で就職したばかりで、やっと仕事に慣れてきたかなという頃合いである。


「ミーちゃんはね、いいのよ」


 ある日ばあちゃんがこんなことを言い出した。


「ミーちゃんは遠い国の鳥さんだっていうじゃない? だからお相手とかはしょうがないかなって思うんだけど」

「ばあちゃん、いったいなんの話だ?」


 またしょうもないことを考えたに違いない。ため息混じりに聞けば、


「タロウのことよ」


 と言う。


「タロウ?」


 玄関を見れば、タロウが寝そべっていて、その上でミーがお昼寝していた。なんとも平和な光景で和んでしまう。


「タロウがどうかしたのか?」

「タロウはオオカミなんでしょう? 木本先生が、もしつがいが欲しいと思うなら口聞きをしてくれるって言ってたじゃない」


 俺は眉を寄せた。

 タロウは名前こそタロウだが雌である。


「つがいって……妊娠したらどうするんだよ。オオカミばっかぽこぽこ産まれたってうちじゃ責任取れねーぞ」

「一度ぐらいは産ませてあげたいのよねぇ。その後は避妊手術を受けさせるとしても」

「誰が育てるんだよ……」


 人間の子じゃねえんだぞ。勝手にどこかへ行かせるわけにはいかないし、オオカミだったら広大な縄張りが必要になる。動物園で繁殖させるのとはわけが違うのだ。

 結子もさすがに苦笑した。


「康代さん、タロウちゃんの子どもがもし生まれたとして、小さいうちはいいですけど……」

「そうさねぇ。でも一度も産ませないっていうのもかわいそうな気がしてね」


 人の気持ちぐらい厄介なものはないと俺は思っている。


「ばあちゃん、産ませて育てるのは誰だ? タロウか? その後どうするんだよ。オオカミっつーのはでっかくなったら一頭毎にそれなりの広さの縄張りが必要になるんだぞ? しかも人が襲われないって保証もない。タロウが自分で望んで相手を見つけてくるっつーならいいが、見合いみたいなことをするなら俺は反対するぞ」


 ばあちゃんもさすがにバツが悪そうな顔をした。

 そもそも避妊手術をしてないということも驚きだった。発情期が来たことがあるかどうかは知らないが、たいへんな思いをするのはタロウである。

 そういうことを考えるのは飼主の責任だ。

 だがタロウが普通の生き物ではないと感じるのもまた確かだった。

 翌朝、出勤する前にタロウに声をかけた。


「タロウは子どもが欲しいと思うのか?」


 タロウはミーのように首を傾げた。ミーと一緒にいることで何やらお互いに動きが似てきている気がする。面白いとは思うが、首を傾げるオオカミなんているのかと疑問には思う。

 バカなことを言ってすまないなと苦笑して、結子と共に出勤した。

 今日もどうにか定時に上がれたので、結子を元の職場からピックアップして帰った。

 家の前に軽トラを停めたら、表の小屋の側からタロウではない大きな犬? が二頭現れた。タロウよりもでかくて毛並みがふさふさしていて立派だ。


「ええ?」


 結子には降りないように言って、彼らを刺激しないようそっと降りた。太陽はそろそろ西の空に沈んでいく時間である。影が長く延びているからでかくみえるのかと思ったりもした。


「お前たちは……」

「ウォンッ!」


 小屋の中からタロウが現れた。途端に小屋の両脇から立ち上がった二頭が一歩下がり、その場に座った。でかいけどその様子はまるで狛犬のようにも見えた。


「タ、ロウ? どうしたんだ?」


 すると家のガラス戸がカラカラと開いた。


「何かありましたか? ああ、飼主の方でしょうか」


 背の高い、見知らぬキレイな女性がうちから出てきて、俺は目を白黒させた。


「初めまして、私はながれと申します。そこにいる韋駄天いだてん疾風はやての飼主の妻です。どうかお見知りおきを」

「あ、はい……どうも、ご丁寧に……」


 俺はよくわからないまま頭を下げた。赤っぽい夕焼けの光に照らされて、一瞬その流という女性の目が光ったように見えたが、それはきっと気のせいだったのだろうと思った。


「なんの連絡もしないで失礼しました。そちらの奥様も一緒に説明させていただいてもよろしいでしょうか」

「あ、はい……」


 結子を降ろし、家に向かう。持ち物を降ろすのを忘れて慌てたりしながら、タロウとそのでっかい犬? たちを横目に家の中に入ったのだった。


ーーーーー

三話で終わる予定です。よろしくー

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