72.11月になった
今回はあまりよさげな条件の職場が見つからなかった。
そんなわけで俺は元の職場に復帰した。結子も同様である。
「山越さん(職場では山越のままで呼ばれている)、結婚したのにバイトじゃだめじゃないっすかー」
「そーだな。就職活動中だよ」
粗大の同僚(バイト)たちに言われて俺は笑った。結婚はめでたいが、やはり男に甲斐性がないのはいけないと思われる。
もちろんそんなことはわかっているから、妥協できないところだけを除いて探している。ただそれも、ある程度金を持ってるからできることだけどな。
ごみの課の課長には心配されてしまったし、施設課長にも「大丈夫か?」なんて言われてしまった。(事務所に課が二つ入っている)本当に申し訳ない。特に結子が心配されてしまっているので、早いとこ就職先は見つけないといけないとは思っている。
帰り、結子を拾ってエンジンをかけた。
結子は疲れているように見えた。
「結子、どうかしたのか? 何かあれば言ってくれよ」
「うん……」
結子はため息をついた。
「心配してくれるのはありがたいけど、よその家庭のことなんだからって思っちゃうわ。親身になってもらえるのは嬉しいことではあるけれど」
「ごめんな。早いとこ仕事見つけないとな」
俺の件で結子を疲れさせてしまうのは本意ではない。
「ううん」
結子は首を振った。
「私実家にいて、ほとんどお金は使わなかったから貯金はそれなりにあるの。だから海人さんのいいようにして? 私が仕事探してもいいんだし」
「……結子がバリバリ働きたいっていうなら止めないけど、そうじゃなければ俺のわがままを聞いてくれ」
悪いけど子どもは女性にしか産めないんだし。
結子は実家にいた時は実家にお金を入れていたから貯金があるといってもわずかなものだと思う。結婚する時に向こうのお母さんがお金を返してくれようとしたらしいが、彼女はきっぱりと断った。控えめなようでいて芯は強い。俺はそんな結子に惚れたのだ。(別にお母さんからお金を受け取っていても気にはしない。俺の金じゃないし)
「……海人さんのわがままじゃないわよ?」
結子はそう言ってはにかんだ。
やっぱうちの嫁は最高にかわいい。
金曜日の夜だったのでそのままデートした。
子どもは女性にしか産めないわけだが、何がなんでも子どもがほしいというわけではない。もし何年か経って子どもができなくても、そうしたらそのように暮らせばいいと思っている。彼女がどうしても子どもが欲しくて不妊治療をしたいと言えば全面的に協力するつもりだ。不妊に関しては男にも原因がある場合も多いって聞くし。
そこは結婚前に結子ときちんと話し合ってはいる。
11月も半ばを過ぎた土曜日、相川と狩猟関係の人たちが来てくれることになっていた。
10月中に狩猟チームの中心人物だという陸奥さんのお宅には挨拶に行った。陸奥さんは七十歳過ぎの矍鑠としたじいさんだった。そろそろ後期高齢者だなんて笑っていた。
「孫なのに家を継ぐってのか! そりゃあ見上げた根性だ。気に入った!」
陸奥さんが気に入るかもしれないと言われたのでタロウとミーも連れていった。
「オウム? これはオウムなのか? でっけえなぁ。こっちはオオカミか!? いやー長生きしてみるもんだ!」
とめちゃくちゃ喜ばれた。ミーの方が目を白黒させ、タロウはうるさいなぁとばかりにそっぽを向いた。そんなところも気に入られたようだった。
今日は他のメンバーも来るらしい。
相川も含めて来てくれたのは、陸奥さん、戸山さん、川中さんと畑野さんだった。戸山さんも七十歳を越えているらしい。好々爺然としたおじいさんだった。川中さんは若く見えたが五十四歳だと言っていた。嫁さん募集中だそうだ。結子が苦笑していた。
畑野さんは寡黙なおじさんだった。川中さんより一歳若いと聞き、人は見かけによらないと思った。
土日はこの五人で山を回ってくれるそうだ。初日だということで俺が先導した。もちろんタロウとミーも一緒である。ミーは最近よく飛ぶようになり、少し飛んで木の上に止まったり、急降下して虫を狙ったりと好き勝手している。自由が一番だよな。
「桑野君は就職活動中なんだって?」
休憩中に畑野さんに声をかけられて、「はい」と答えた。
「IT関係は詳しいのかな?」
「デイトレはしてるんで普通にパソコンは使いますけど、プログラマーとかではないですよ」
「そうか……。ちょうど事務を任せていた職員がここで退職してね。できれば桑野君に考えてもらえればと思うんだが」
「はい。よければお話を聞かせてください」
というわけで、害獣駆除をしてもらう為に来てもらったのに後日畑野さんの職場見学に行くことになった。
そういえばと、南の山にお社だか祠があるらしいということを話したら、陸奥さんがお参りに行くぞ! と息巻いた。
そんなわけで日曜日に南の山へ足を延ばした。
大分朽ちてはいたが、社があったことはわかった。
「こんなところにも神様がいらしたんだなぁ。でもここにお参りに来るのもたいへんだから、ご神体があるなら移しちまおう」
陸奥さんはそう言って、祀られていただろう石を指さした。
「そうですね……」
桑野の家を守る為の神様ではなかった。この山に住んでいた人々を守っていた神様だ。でも、もうこの山には人は住んでいない。
神様は、信じる人がいなくなると消えてしまうと聞いたことがある。まだここに神様がいるかどうかはわからなかったが、俺はその石に向かって頭を下げた。
「どうか、桑野の土地を守る神様になってくださいませんか。この山も、北側の山々も、そして桑野の家もお守りください。見守っていただける、それだけで俺たちの力になります。神様、どうか貴方を連れていく許可をください」
自然と言葉が出てきた。それはまるで、そう言えと言われていたかのようだった。
社の中なのに、優しい風が吹いた。許可をいただけたのだと思い、俺は重い立派な石を背負子に乗せて家へ持ち帰った。
そして、家の床の間に飾った。
「神様にお参りしやすくなったな」
陸奥さんはそう言って愉快そうに笑い、うちのじじいも久しぶりに嬉しそうに笑った。ばあちゃんは「あらあらあらあらまあまあまあまあ」と言って石を丁寧に拭いた。結子も目を丸くしたが、「おうちに神様がいるって贅沢ですね」と笑んだ。
神様がいる生活ってのもいいかもしれないと思った。
どうしてこの村が不思議と共存できているのか、なんとなくわかった気がした。
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次回エピローグです~
明日で本編完結するので、明後日には番外編を上げますね。さー、書くぞー。(まだ書いてないんかい
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