71.新婚旅行に行ってきた

 10月中は無職の為、その間の手続きなどが面倒ではある。

 保険だの年金だのと。相応の額が出ていくのでちょっと懐が痛い気持ちになる。まぁ、俺がそれなりに持ってるからいいんだが。結子は自分で払うと言ったが、俺が世帯主なのだからと払わせてもらった。

 それさえ終われば新婚旅行だ。

 ばあちゃんのお言葉に甘えてハワイに行くことにした。四泊六日で。

 日付変更線を超えるからなんか変なかんじなんだよな。


「海外は久しぶりです」


 結子はそう言ってはにかんだ。やっぱり新婚旅行ぐらいのんびりしてもいいだろう。

 ミーにはしばらく留守にするということは伝えたが、コキャッと首を傾げてわからなさそうだった。さすがに何日もいなくなるとかわからないよな。こっちに引き取ってから俺がいなかった日はなかったわけだし。(朝晩しかいないとか、朝帰りとかはあっても丸一日顔を見なかったことはなかったはずである)


「こっちはこっちでどうにかするから、楽しんでいらっしゃい」

「ふん、飛行機なんて危ないものによく乗れるもんだ」

「おじいさん、そういうこと言っていいのかしら?」


 やはりばあちゃんは強い。この村ではみなに知れ渡ってしまうだろうから、お土産は大量に買って帰らないといけないだろう。

 不安は不安だったので、本山さんの家と、念の為相川には連絡しておいた。別に手伝えって話じゃない。俺たちがこの期間はいないってことは知らせておいた方がいいと思ったのだ。

 新婚旅行ということで俺も浮かれていたらしい。J〇Bの宿泊と航空券がセットになったパッケージツアーを予約した。燃料サーチャージが高いのが玉に瑕だ。行きはホテルのあるワイキキまで添乗員さんがつくが、その後は自由というやつである。

 ディナークルージングの予約も入れたしマウイ島にも行くことにした。

 クルージングで結子が船酔いしてしまったのは想定外だったが、そういう可能性を考えなかった自分に腹が立った。


「船が苦手だとは知らなかった。ごめんな」

「ごめんなさい、私も……こんなに夜の海は揺れるなんて知らなかったから……」


 食事はできないほどではなかったが、これは忘れないようにしようと思った。ルームサービスを頼んだり、ホテルでディナーをしてみたり、ダイヤモンドヘッドを見てきたり(風がめちゃくちゃ強かった)して楽しく過ごせた。

 一度電話をしたらばあちゃんに、


「国際電話は高いんだからかけるんじゃないわよ!」


 と怒られた。こっちは大丈夫だから! の一点張りだった。それならいいんだけどな。

 土産を大量に買い、帰国した。

 日付変更線を越えたせいかすごく眠い。帰宅したら相川がいて目を丸くした。


「あれ? 相川どうしたんだ?」


 相川の前でミーがおかしなダンスを踊っていた。


「いや、桑野さんたちが夜眠れなったみたいだから、手伝いに来たんだ」

「えっ? 康代さんたちが夜眠れなかったってどうかされたんですか?」


 せっかく新婚旅行から帰ってきたばかりなのに、結子は泣きそうな顔になった。相川は少し後ずさって、苦笑した。


「ミーちゃんが、籠の中で暴れていたみたいです」


 ああ、そうかと納得した。


「ミー、ただいま」


 ミーは俺たちの姿が見えていたが、フイッとそっぽを向いてトトトトトと廊下を走っていった。


「ミーちゃん、寂しかったんですね」

「そういうことなんだと思います。でもそれは気にすることじゃありません。ただ、思ったより海人たちがいなかったことが堪えただけかと」


 相川が目を少し逸らしながら答えた。結子には丁寧語で返すんだよな。

 ミーの反応は予想できたことだった。俺が甘く見ていたのだ。

 土産を下ろして、ミーの後を追った。


「ミー、家に帰ってこなくてごめんな。もう長期間は出かけないから」


 何故かミーはトイレの前にいた。そして俺とトイレを交互に何度も見た。

 その理由はばあちゃんが起きてきてからわかった。


「ああ、よく寝たわ。相川君、すまなかったねぇ」

「いえいえ。僕でよければいつでも頼ってください」

「そんなわけにはいかないわよ」


 ばあちゃんが笑う。じじいはまだいびきをかいて寝ているらしい。可哀想だからと夜は籠に入れてからばあちゃんたちの部屋に置いたのだそうだ。そうしたらほぼ一晩中鳴いて全然眠れなかったらしい。


「それでね、翌日は海人たちの部屋に置いたのよ。そしたらやっぱり一晩中なんか言ってたみたいでねえ。でも昼間は出してあげた方がいいでしょう? 家から出て行かないか心配はしてたんだけど、タロウがよくかまってあげててね」

「タロウ、ありがとうな!」


 で、トイレの前にいる理由だが、俺と結子はずっとトイレに入っていることになっていたらしい。

 なんだそりゃ。


「それでよその家の猫は誤魔化せたって聞いたんだけど」

「いや、いくらなんでも何泊も家にいないのを、ずっとトイレにいるで誤魔化すのは難しいだろ」


 その方法いったい誰から聞いたんだと呆れた。俺らはどれだけ腹壊してんだよ。

 相川に土産を渡して、深々と頭を下げた。本当に相川さまさまである。やっぱり足を向けて寝れない。

 ミーは相川が帰るとしぶしぶ近くに寄ってきた。


「ミーちゃん、長いこと留守にしてごめんね。これからは毎日いるからね」


 結子に言われて、また一歩近づいた。

 こんな姿を見たら、わざわざ伴侶を探そうなんて気にはならない。検疫ばりの隔離なんて無理だ。


「ミー、悪かった。これからはまた一緒に山へ行こうな」

「カイトー」

「なんだ?」

「カイショナシー」

「……ミー、その言葉どこで覚えたんだ?」


 甲斐性はあるだろうが!

 逃げるミーを追いかけ回して、ばあちゃんにお盆で叩かれたのだった。なんでだ。

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