70.獣医に話を聞いてみる
木本医師は最近大体二月に一度訪ねてきてくれている。
10月中は俺も結子も休みなので「連れていきます」と言ったのだが、村には行く用事があるからとついでに寄ってくれた。
「こんにちは~」
木本医師からスマホに連絡をもらい、待っていたら20分も経たないうちに着いた。
「来ていただいてありがとうございます」
「いやいや、普段の姿を見せてもらうのが一番だからね。狭い籠の中に入れられてくるんじゃ、それだけでもストレスだろうし。往診で済むならいつでも往診するからね~」
「助かります」
ミーはうちの中をのんぴり歩いていたが、木本医師の姿を見るとトトトトトとすごい速さで廊下へ駆けて行った。
「うわあ、早いなぁ。元気そうだね」
「……元気は元気です」
あれはあれで捕まえるのがたいへんなんだよ。
「結子、悪いけどミー、捕まえられるか?」
「試してみますね。ミーちゃん~」
ミーは俺からは全力で逃げようとするが、ばあちゃんや結子には遠慮するようなところがある。頭がいいから加減がうまいのだろう。そしてミーは餌をくれる人に弱い。
「ミーちゃん、私と一緒に戻ろう? ほーら、お野菜よ」
ミーは廊下の端まで駆けて行ったが、しかたないなというようにトトトッと戻ってきた。
「大丈夫、ミーちゃん、こわくないよ」
「コワイーナイー?」
ミーが首をコキャッと傾げた。
「そう、こわくないよ」
ミーはしぶしぶ戻ってきた。
「奥さん、ありがとうございます」
木本医師は構えていたわけでもないのにすごい早さでミーを捕まえると、嘴を開かせたり胸に触れたり足や羽などのチェックを行った。
「あとは体重を測ってくれればいいかな」
と小さい体重計にミーを乗せた。
「950gか。月齢にしては重いねぇ。でもそんなに飛んでいく必要もなさそうだからいいのかな」
ミーは重いと言われたのが嫌だったのか、トトトトトと走って逃げて行った。
「もしかして太りすぎですか?」
「太りすぎってことはないよ。オウムにしてはちょっと重いってだけで。あれだけ重さがあると飛ぶっていうより滑空みたいな形になるんじゃないかな」
そういえばそんな飛び方をしていたような気がする。
「ダイエットとかは必要ないからね。けっこう自由に飛んでいるんだろう?」
「はい」
「じゃあ食いしん坊さんなんだな」
木本医師はそう言って笑った。
「でも飛びづらくなりそうだったら声かけてねー」
「はい」
「他に何か聞きたいことってあるかい?」
にこにこしながら問われて、ちょっと気になっていたことを聞いてみた。
「まだ気が早いかもしれないんですが……ミーはこの先ずっと一羽で生きていくことになるんですよね?」
「うーん……」
木本医師は考えるような顔をした。
「つがいと一緒になれるかどうかってさ、自然界でもけっこう厳しいんだよ。例えばミーちゃんが今もニュージーランドで暮らしていたとして、ここまで生存してるかって保証もないし、つがいを得られていたかっていうと無理だと思う。絶滅危惧種だって知ってるでしょ? 今は全体で五千羽くらいしかいないから、つがいを得るのはたいへんだだよ」
「ええ……」
「例えばどうしてもそういう相手を探しているとかだったら、検疫ばりの検査と隔離を経てどっかの動物園に口利きはしてあげるけど、ミーちゃんの相手ってそこまでして探すものかな?」
確かにそれを聞くと考えてしまう。検疫ばりの検査と隔離なんてされたらストレスでミーがおかしくなってしまうのではないだろうか。
「ミーちゃんは山越君……じゃない、桑野君に見つけてもらえてとても幸せだと思うよ。人もいっぱいいるし、同じオウムではないけど仲間だっているじゃないか。そんなに真面目に考えるものじゃないよ」
「そう、ですけど……」
「だいたいオウムなんて寿命長いんだから、もしかしたら君たちより長生きするかもしれないよ? くよくよ悩むヒマがあったら君たちが健康に気をつけて長生きするように考えなさい」
木本医師に言われて、それもそうかと思い直した。
「タロウちゃんもね、多分長生きしそうなんだよねぇ。タロウちゃんに関しては相手が見つかるかもしれないから、気になったら声かけてね。相手方にも確認はしないといけないから」
木本医師はそんな爆弾を残して帰っていった。
タロウの相手なんて話は前にもしていた気がする。あの時は流していたけど、本当なんだろうか。でもタロウってオオカミなんだよな?
「タロウちゃんって……オオカミだって言ってませんでした? 相手って?」
結子が目を丸くした。
「ま、国が把握してないだけでいろいろあるんじゃないか?」
そう、多分、いろいろありそうだ。うちのミーも含めてな。
木本医師が帰宅してから、ミーは俺を盛大につついた。
「いてっ! ミー、いてえって! なんでだよ!」
「ミーちゃん、悪いのは私だから海人さんをそんなにつつかないで~」
結子を行かせたのは俺だということをこのオウムはしっかり理解している。頭がよすぎるのも厄介だが、だからこそ一緒に暮らしていて楽しかったりもする。
ミーは決してばあちゃんや結子をつついたりしない。そういう攻撃みたいなことをしてはいけない相手だとわかっているのだ。
「悪かったって。ほら、野菜」
白菜を渡したら食べづらそうに食べた。これで勘弁してやろうと言われた気がした。
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