65.表面上は変わらないままで
「桑野の家に入ったんだって?」
金曜日である。案の定、ごみ処理場の入口でおじさんたちに声をかけられた。おかしいな、なんで今日に限っておじさんたちはこんなに早く来ているのだろうか。
「はい。入りました」
「山なんか持ってても、今時いいことねーぞ?」
「そうですね」
それは同意する。手入れもたいへんだし、今は木だって手入れしても売れないし、本当になあと思う。山を寄付しようにも国ももらってくれないしな。(位置による)困ったもんだ。
「奇特なことだよなぁ。なんか困ったことがあったら言えよ。愚痴ぐらいは聞いてやるから」
おじさんたちはおじさんたちなりに心配をしてくれたようだ。
「ありがとうございます」
そう答えて、仕事場へ向かった。
「えー? ってことは桑野って呼ばなきゃだめかー?」
「ここでの呼び方は変えなくていいから」
「山越のまんま」
「まんまでいーって」
粗大のバイトたちでわちゃわちゃ言い合った。
普通養子縁組だから山越の親と親子関係は解消しない。親が二人増えるっつーだけの話だ。相続の時に少しばかり楽になる程度であると俺は認識している。もちろん課長にも伝えた。提出しなければいけない書類が山ほどあるそうだ。めんどくせーなと思ったがしょうがない。手が痛くなりそうだった。
「だいぶハンコとかは省略されたけど、それでも押さないといけないところはあるから忘れないようにね~」
事務のおばさんに言われて、書くところとかを先に鉛筆で丸をつけていく。この方が確実だ。
「役所はどこでも紙ですね」
「なかなかね~」
おばさんも苦笑した。
災害大国だからいつパソコンが使えなくなるかわかったもんじゃないしな。だからって紙の書類をとっといても見ないとは思うんだが。
結局連休中、俺は両親と叔母夫婦のおもちゃになっただけだった。昨日の昼にやっと本山さんを招いて叔母夫婦に紹介した。
「まー、キレイなお嬢さんじゃないの。え? お式はしないの? もったいないわねぇ」
「叔母さん、写真は撮るから」
「じゃあその写真、ちゃんと送ってちょうだいね」
「俺の結婚相手の写真を送ってどうするんだよ」
「息子に見せてプレッシャーをかけるのよ~」
「叔母さんそれセクハラ~」
妹のツッコミに叔母はほほほと笑っていた。どこまで本気なんだかわかったものじゃない。本気で従弟にプレッシャーをかけそうで怖い。俺が恨まれそうだからやめてほしいと思った。
ミーは人が多いのが嬉しいのか、妹が余程気に入ったのか、妹の側に行ってはへんなステップを踏んで妹に撫でられたり野菜をもらったりしていた。本山さんが来ると本山さんの側にも行ってコキャッと首を傾げ、またへんなステップを踏んだ。
「ミーちゃん、私にも踊ってくれるの?」
本山さんが喜んでくれたからいいことにした。それにしてもミーは、俺にはあのへんなステップは見せないんだがどういうことなんだろうか。いや、別に見たいわけじゃないんだが。
昨日の夕方になって、両親と妹、そして叔母夫婦は帰っていった。渋滞で道が混むんじゃないかと心配したが、今年は金曜日も休みにして日曜日までお盆休みを満喫する人も多いらしい。それでも車は多いだろうから安全運転を心がけてくれるように頼んだ。
昨夜遅くに家に着いたとLINEが入っていた。ひとまずほっとした。
朝ニュースを見たらUターンラッシュが開始していると報じていた。そりゃそうだろうなと思いながら出勤してきた。
職場では山越のまんまだから何も変わることはない。いる場所も変わらないし、やることも変わらない。それでもこれで本山さんを迎える準備ができたのだ。
その日の帰りは彼女を連れていつも通りデートをした。
「桑野さんになったんですね」
ふふ、と本山さんが笑んだ。
「全然実感はないけどな。でも結子と結婚したら結子が桑野姓になるのか。そうしたら実感するかもな」
「職場での通称は多分変わりませんけどね」
「そしたら実感は乏しいか。でも結婚したら一緒に住むんだよな」
「そ、それはそうですよね……」
本山さんはほんのりと頬を染めた。
ちょっと雰囲気のいいレストランは一応ある。そこで夕飯を食べながらそんな話をした。
「ジジババと同居ってのがいただけないよな。一応俺の部屋にしているところはジジババの部屋からは離れてるし、防音もきくらしいんだけどさ」
「そ、そう、なんですか……」
いちいち赤くなるのがかわいくてしかたない。食べ終わる前に攫っていきたくなるから困る。
「どちらにせよ、ミーと一緒だから」
「そう、ですよね!」
ほっとしたような顔をされて、これで31歳とか反則だろと思った。
籍を入れるのはいつでもいいけど、そうなるといつ入れたものか悩む。ショッピングモールの中に写真館があって、そこでウエディングの写真を撮りたいという話をした。そうしたら受付の女の子がとても嬉しそうな顔をして、「おめでとうございます!」と言ってくれた。
それにはにかんだ本山さんが最高にかわいくて、彼女を連れてすぐに写真館を出ようと思ったのは内緒だ。
いいかげん俺の忍耐力を試すのはやめてほしかった。
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