64.叔母夫婦がきて

 翌日は昼前に叔母夫婦が来た。


「母さん、久しぶり。義兄さん、姉さんも」


 叔母はそう言ってから俺たちを見て笑んだ。


「真奈ちゃんはもう~キレイになって! ……海人君は……ますます義兄さんに似てきたわね」

「そんなー」

「はい」


 叔母さんの言いたいことはわかっている。だがこんな顔でもカッコいいと言ってくれる彼女がいるんだ。だから俺は泣かない。


「遼子、俺に挨拶はねえのか!」

「あら、お父さんそんなところにいらっしゃったの? 見えなかったわ」


 叔母はそう言ってコロコロ笑った。

 叔母の名は遼子という。叔母は下田の家に嫁いだ。従弟である息子は今回付いてはこなかったようだ。


「叔父さん、お久しぶりです」


 妹と共に挨拶した。


「海人君、結婚だって? よくやったなぁ。うちの息子にも早くそういう相手が現れてくれればいいんだが……」


 叔父さんはため息をついた。どこの家でも子どもの結婚は悩ましいことらしい。


「真奈ちゃんも……まだ独身なのよねぇ」


 叔母が呟くように言った。


「叔母さん、それセクハラですよ~。今は昔と違ってお見合いおばさんみたいな人もいないからしょうがないじゃないですかー?」

「そうねぇ。今は婚活だったっけ? 自分でそういうパーティーに参加したり、結婚相談所に登録しないと出会いがないなんて聞いたことがあるわ」

「そうなんですよ~」

「今の子たちは結婚するのもたいへんなのね」

「そこらへんは良し悪しじゃない?」


 母さんが苦笑した。


「今は多様性の時代なんだから、子どもが結婚しないぐらいでガタガタ言っちゃだめよ」

「それもそうね」


 妹はささっとミーのところへ逃げた。どうしても叔父叔母というのは口を出しがちのようだ。


「お父さん、そういえば表にでっかい犬がいたけどどうしたの?」

「去年拾ったんだ」

「そう、じゃああの犬の世話も海人君に頼むことになるのねぇ」

「タロウは優秀ですから大丈夫ですよ」


 多分オオカミだしな。こっちが世話するっていうより、世話をされているような気がする。山の手入れなんかでは特に。本当に頭がいいし、ミーの世話もよくしてくれている。暮らしているとわかるが、タロウのおかげでうまくいっているのだ。どこかへやれと言われても拒否るぐらいタロウはもうこの家になくてはならない存在だった。

 養子縁組に関わる書類は叔母夫婦が持ってきてくれた。証人として両親や叔母夫妻に名前を書いてもらったりと、いろいろ確認をしてからさっそく村役場へ書類を出しに行くことにした。戸籍謄本も用意してある。

 じじいは難しい顔をしていたが、ばあちゃんはにこにこしているのが対照的だった。うちの両親、妹も含めて大所帯で向かうことになった。叔母夫婦は家の手入れをするという。タロウは表にいて、ミーは俺が肩掛け鞄の中に入れていった。


「あれ、桑野さんじゃないですか」


 じじいが役場のおじさんに声をかけられて嫌そうな顔をした。もっと愛想よくしてくれよ。


「今回はどうかなさったんですか?」


 役場のおじさんはくじけなかった。強い。


「山中さん、お久しぶりね。こんにちは。今日はね、孫と養子縁組をすることになったから、書類を持って来たのよ~」


 上機嫌でばあちゃんが話した。こんなところで話したら村中にバレてしまいそうである。

 ちょっと待ってほしいと思った。


「へえ? お孫さんと養子縁組? ってことは跡取りですか? いやあめでたいですねえ!」

「でしょう? もうあたし嬉しくてねえ!」


 書類を提出し、まだ話したそうにしているばあちゃんをじじいと共に回収した。この村の知り合いはそんなにいないが、本当に勘弁してほしいと思った。黒瀬さんとことか……湯本さんちはまだいいけどなぁ……処理場の入口のおじさんたちにはなぁ。


「今度お祝いに伺いますよ!」

「孫は結婚もするからその時にしてちょうだいね~」


 ばあちゃんが超浮かれているということはよくわかった。


「結婚までなさるんですか! それは本当におめでとうございます!」


「……ばあちゃん、勘弁してくれよ……」

「康代……」


 さすがにじじいも困ったような顔をしていた。


「あら、いいじゃない。こんな時ぐらいしか自慢できないんだから~」

「キアーアー!」


 俺の鞄の中に入っていたミーが、ばあちゃんに賛同するように鳴いた。お前ってやつはあああ!


「ほら、ミーちゃんも許してくれてるじゃない」


 ミーは関係ないから。つーか、なんつータイミングで鳴くんだお前は。飯をくれる人が一番か。そうなのか。うんまぁそうだろうな。(納得)

 家に帰ってからばあちゃんに注意したが、ばあちゃんは終始にこにこしていた。


「そうねぇ、ちょっと軽率だったかしら。でもね、海人がここに来てくれたことが嬉しくてしょうがないの。だって、おじいさんと二人きりで最後まで過ごすものだと思っていたから」


 本当に嬉しかったらしいということがわかって、最後は脱力した。


「あんなに喜ばれちゃしょうがないよねぇ。私も相手探しがんばろー」


 妹に言われ、俺は「がんばれ」としか返すことができなかった。両親は苦笑し、役場での話を聞いた叔母も「あらあらまあまあ」と言うばかりだ。

 金曜日の出勤がちょっと怖いと思った。



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おばあちゃんテンションアゲアゲ(死語

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