63.これからのこと

 律君も伴って居間に戻り、今後の話をした。

 籍を入れるのは遅くとも年内に行うこと。その前に俺が桑野の家の養子になることが確認された。

 母と叔母は桑野の家はいらないという。どちらにせよ母と叔母はこの村に帰ってくる気はないので、俺が桑野の家にいるのならば養子縁組をしたらどうかと言われたのだ。いろいろ税関係も調べたが、相続税が発生するほどの資産は桑野の家にはないのでその方が面倒はないだろうという話になった。

 もちろんこの話はとっくに本山さん一家にはしてある。苗字が変わることでそれに伴う手続きとかは面倒だが、それさえ済めば名実共に本山さんを迎えられるだろう。

 せっかくだからとうちの両親と本山の両親が話すことになり、俺たちは居間から追い出された。律君も付いてこようとしたが、京子さんががっしりと捕まえて離さなかった。細く見えるがけっこう力はあるらしい。

 本山さんと表へ出た。

 8月も半ばだから残暑なはずだが、太陽光に全然残暑なんて気配はない。

 太陽はそろそろ休んでもいいんじゃねーか?


「暑いな……」

「暑いですね……」


 二人で木陰へ避難した。

 セミの声がうるさい。時折風が吹くからいいが、これで風が吹かなかったらもっと汗だくになっているだろうと思った。


「山越さん」

「ん?」

「スーツ、すごくカッコいいですね……」


 恥ずかしそうに本山さんがそんなことを言った。


「結子も、似合ってる」


 本山さんの頬が真っ赤になった。こんな暑い日に熱を上げたらだめだろう。


「山越さんは、カッコよくて、ずるいです……」

「あんまり煽らないでほしいかな。二人でしけこみたくなるから」

「……もうっ」


 冗談じゃなくて本気なんだが。


「全く、外に追い出すとかないよなぁ。こんな暑い日に……」

「本当ですよね」


 二人きりにしてくれたんだろうが、こんな暑さMAXの時間に出すとか鬼かと思った。タオルを持ってくればよかったなと思った時、本山さんがハンカチで汗を拭いてくれた。


「夏用のスーツでしょうけど、暑いですよね」

「ああ……」


 その腕を捕らえて、唇を寄せた。

 これでもう、彼女は俺のものだ。

 彼女も逆らわなかった。



 親同士の話がよほど弾んだのか、桑野の家に戻ったのは夕方になるちょっと前だった。


「おかえり~。そんなに話すことあったの?」


 妹が不思議そうに聞いた。


「いろいろあるのよ。遅くなってごめんなさい。迎え火の準備は?」

「そこに置いてあるわよ」


 母さんの問いにばあちゃんが答えた。


「ちょっと待ってくれ。着替えがしたい」

「スーツ暑そう~」

「一応夏物なんだがな~」


 軽くシャワーを浴びてTシャツと短パン姿で戻ったら「カッコ悪い!」と妹に文句を言われた。どうしろっつーんだ。ミーはすっかり妹に懐いて妹にまとわりついている。だからお前の飼主は誰なんだよ。

 妹も気にせず時折ミーの羽を撫でている。ミーはとても気持ちよさそうに目を閉じた。

 表へ出る。それほど風は吹いていなかったせいかすぐに火が点いた。

 この火を目印に、桑野の祖先は帰ってくるのだろう。

 燃えたのを確認してから、火を消して、水をかけ火事にならないようにする。煙の匂いなんてしばらく嗅いでなかったなと思った。

 そんな話を夕飯時にしたら、妹が首を傾げた。


「兄さんてごみ処理場に勤めてるんじゃないの?」

「? ああ、そうだが?」

「煙なんて毎日出てるじゃない。あれって煙突が高いから近くだと匂いってしないの?」


 あの煙突から煙が出ていると妹は思っていたらしい。


「バッカ。今は清掃工場の煙突から煙なんか出てねーんだよ」

「えー? じゃあ白くてもくもくのは何? あれって煙じゃないの?」

「あれは水蒸気だよ。めちゃくちゃ熱いから外気と反応して白く見えるんだ」

「えー? ってことはあれって湯気みたいなものなの?」

「そうそう」


 今は有害な煙なんてものは出さないようにしている。バグフィルターとかなんとかいうので有害物質は吸着して、無害な水蒸気だけが上がるようになっているのだ。


「でもなんで湯気が出るの?」

「うん? 可燃ごみって燃やしてるだろ? 焼却炉の排ガスに含まれている水分が水蒸気になって出るようになってんだよ」

「あ、そっかー」


 妹はちょっとおバカかもしれない。


「あ、でもでも、なんか黒い煙が見える時もあるんだけど!」


 妹はここで全て疑問を解消するつもりのようだ。


「それ逆光だろ? 影になって煙が黒く見えたりするんだよ。思い込みってこえーな」

「へー。じゃあ匂いが漏れるってことは絶対にないの?」

「今の施設ではないんじゃないか? あー、でもピットの周辺は風向きによっては臭かったりするかな」

「じゃあ匂いの苦情とかってないのかな」

「あるらしいぞ。煙の匂いがするとか。ただの思い込みだろうけど」


 妹はそれを聞いて何故か難しい顔をした。


「……煙の匂いがするって……それストレスじゃないかなー? ストレスによる嗅覚異常でそういうのがあるみたいなんだよね。耳鼻科に行ってくれるといいけど……」

「処理場の近くに住んでる人みたいだから、処理場のせいだと思ってるんじゃないか?」

「それじゃ難しいね。……兄さんが言う通り、思い込みってこわいね」


 そう、思い込みは本当に怖い。本山さんともよく話し合うことにしようと思った。

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