62.挨拶へ
両親の車で本山さんちへ向かうことになった。
スーツはスリーピースだが、夏物なので見た目ほど暑くはない。紺に近い青のスーツ、髪を整えたら一応は見られるようになった……はずだ。髪が明るめの茶髪なのはしょうがない。
「……なーんかヤのつく人みたいねぇ」
「顔は親父に似たんだから文句は親父に言えよ」
「お父さんはかっこいいわよ?」
へーへー、俺はかっこよくありませんよ。すみませんね。
「こーんな強面のどこが気に入ったのかしら? 大事にしないとね~」
父さんは苦笑していた。俺は父さんに瓜二つというほどではないが、父親似なのは間違いない。ただ、目つきは俺の方が鋭いようだ。よくないところばっかもらったみたいだな。
本山さんちに着いた。車を降りて両親の後ろを付いていく。こんなこと初めてだからどうすればいいのか途端にわからなくなった。
父さんが呼び鈴を押した。
ピンポーンと言う音がひどく間延びして聞こえた。
「はーい」
パタパタとガラス戸の向こうから足音がして、ガラッと扉が開いた。
本山さんだった。
「あっ……」
本山さんがうちの両親の顔を見て目を見開いた。髪はハーフアップにして、少しサイドを垂らした形になっている。化粧も控えめで、白っぽいスーツを着ているのがわかった。うん、今日もかわいいな。
「初めまして、山越です。本日は押しかけてしまい、申し訳ありません」
「い、いえ……初めまして、本山結子(ゆうこ)といいます。ようこそいらっしゃいました。ご案内します……」
本山さんは慌ててはいるがどうにか気持ちを落ち着かせたのか、頬を染めてうちの両親を促した。母に肘でつつかれた。
「……かわいい子じゃない。どうやって騙したの?」
小声で言われて殺意が芽生えた。騙してなんかねーから。
「遠方から来ていただきありがとうございます。母の本山京子と申します。落ち着かない娘で申し訳ありません。どうぞこちらへ」
後ろから本山のお母さんが出てきてうちの両親を案内してくれた。なんというか、和服姿で本気というかんじだった。
居間に通されると、本山のお父さんが慌てたように立ち上がろうとした。
「夫は座ったままで失礼します。腰が悪いもので立ったり座ったりがおっくうですので……」
京子さんが頭を下げた。そんなことは気にしない。立とうとする本山のお父さんを父が手で制した。
「どうぞ、掛けたままでお願いします。この度は……」
と決まった口上を述べて母が手土産を渡したりした。
結婚式をしないということに難色を示したのは本山のお父さんだった。だが本山さんが、結婚は二回目だからできれば式をしたくないと言うとしぶしぶ受け入れた。本山さんは心配そうにうちの両親を窺っていたが、そのことはすでに親には話してあった。
俺たちにとっての問題はそれだけではない。
「結子は山越さんに嫁がせたら、相続放棄をしてもらいます」
京子さんがいきなり爆弾を放り投げてきた。
「相続放棄というと……こちらの、本山の家の一切を、ということでしょうか」
父さんが困惑したように尋ねた。確かに相続放棄とは穏やかではない。
「はい。それと同時に私たちの世話も必要ありません。これは念書も書きます。結子は山越さんの家に嫁がせますので、山越さんの家族になります。娘の幸せを奪うような真似はしたくありません」
それは京子さんの覚悟だった。俺に本山さんが嫁げば近所にいることになる。そうなれば何かあった時義理の兄さんが頼ってくる可能性もある。それを京子さんはさせない為にそう言ってくれたのだ。
「これは私たち夫婦の覚悟です。ですから海人さん、絶対に私達の娘である結子を、幸せにしてやってください」
そう言って京子さんと本山のお父さんは深く頭を下げた。
「はい、結子さんを必ず幸せにします」
それだけの覚悟をしてくれたのだ。これに応えなければ男が廃るというものだ。
本山さんはとても困ったような、それでいて少し嬉しそうな顔を見せてくれた。
「私たち夫婦も結子さんを支えたいと思っています。大事なお嬢さんをありがとうございます」
父さんはどうにかそう言って、ほっとしたような顔を見せた。そのまま和やかにいくはずだったのだが、居間の襖が少しだけ開いた。
「あら?」
京子さんが気づいて見に行った。
「失礼しますね」
京子さんは慌てたように出て行った。もしかして甥っ子が来たのだろうか。
「失礼、ちょっと行ってきます」
俺は立ち上がった。どう考えたってあの甥っ子は本山さんが俺と結婚することを認めていない。
「山越さん!」
「大丈夫だから。ちょっと行ってくるよ」
本山さんが慌てたような声を出したが、俺は安心させるように彼女に笑みかけた後京子さんの後を追った。京子さんはある部屋の前で困ったような顔をしていた。
「京子さん、俺が」
「海人さん」
「律君、俺に言いたいことがあるなら全部言ってくれ」
律君の部屋らしき襖の前で声をかけると、少しだけ開いた。
「……言ったって、結子ちゃんのこと連れてっちゃうんだろ……」
「ああ、俺は彼女と結婚する」
「なんで、結子ちゃんなんだよ!」
「彼女も俺と一緒になることを望んでくれたからだ」
襖がバンッ! と音を立てて開いた。
出てきたのはやはり律君だった。律君がキッと俺を睨んで叫ぶ。
「僕のお母さんは? なんで僕のお母さんはいないんだよ!」
ああそうかと思った。
「結子さんは律君のお母さんじゃない。君のお父さんの妹だ。夫婦のことは夫婦にしかわからない。それはお父さんに聞きなさい」
「……結子ちゃんはもう帰ってこないの?」
律君は泣きそうな顔をしていた。けれど、必死で泣かないように堪えていた。その姿は強いなと思った。
「律君の顔を見には来れるよ。俺たちは近所にいるから。でも、結婚したらこの家には帰ってこない。いや、俺が帰さないから」
「結子ちゃんは幸せになるの?」
「ああ、俺が幸せにする。約束だ」
「~~~~っ……ひぃいっく、ひっく、ひっく……」
どうにかして堪えようとしていたが、とうとう律君は泣き出した。
きっとこの子は本山さんと自分のお母さんを重ねていたのだろう。本山さんのお兄さんと奥さんが別れた理由は知らない。予想はつくがそれはあくまで予想にすぎない。だからそれについては何も言えない。
「まだすぐに結婚するわけじゃない。律君、今のうちに結子さんとしたいことをしておいてくれ。そしてそれを後で教えてくれないか?」
律君はなかなか泣き止まなかったが、途中何度も頷いた。
これで少しは仲良くなれたならいいと思ったのだった。
ーーーーー
まだ律君は小学生なのです。切ない。
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