61.両親が来た
とうとうこの日が来た。
8月13日である。迎え火は夕方にするようなことを聞いた。そういえばそんな習慣もあったなと思い出した。
成人してからは全然こっちに来なかったからそんなものも忘れていた。覚えていることといえば盆の間の渋滞だの鉄道の混み具合だののニュースぐらいだ。
うちの親は今日着いて、できれば午後には本山さんちに挨拶に行きたいと言っていた。俺は落ち着かないので朝から山の手入れをしてシャワーを浴びたところである。
「こんな日まで作業しなくてもいいじゃない」
とばあちゃんに呆れられた。落ち着かないんだからしょうがないだろ。
両親が着いたのは11時前だった。
「こんにちは~。あら、本当にうちの息子がいるわ」
「なんだそりゃ」
両親だけじゃなくて妹までついてきた。
「真奈も来たのか」
「来ちゃいけない?」
「んなこと言ってねーだろ」
今いくつだっけな。7歳差だから今27歳のはずだ。
「で? 私のお姉さんになる人はどこ?」
「気が早い。今日は連れてきてねーよ」
「えー、早く会いたいー。お姉ちゃんがほしかったもの」
「今いくつだよ……」
「真奈ちゃん、いらっしゃい。お昼ご飯はお蕎麦だけどいいかしら?」
「おばあちゃん、おじいちゃん、ご無沙汰してます。お蕎麦っておじいちゃんの手作り?」
真奈が首を傾げた。なんつーかあざとい仕草だなと思った。
「おお、真奈ちゃんも来たのか。じいちゃんが打った蕎麦でいいか?」
「うん、嬉しい! おじいちゃんありがとう!」
じじいの顔が溶けている。妹があざとすぎる。
「お父さん、犬なんて飼ってたっけ? あとなんか大きい鳥が家の中を歩いてるんだけど?」
「犬は去年うちの前にいたんだ。オウムは海人が持って帰ってきたぞ」
「あら、そうなの。その鳥がミヤマオウムなのね。思ったより大きくてびっくりしたわ~」
タロウは今日は外の小屋にいた。母さんには一応ミーのことは話してある。ミーとここでずっと暮らしたいということもだ。
「妹は明日来るそうよ。家のことはその時に話しましょう。お父さんのお蕎麦なんて嬉しいわ」
今日は昼ご飯を食べてから本山さんちに行って、挨拶をしてから迎え火をしてあとはのんびり過ごすそうだ。
「今年は家の中が涼しくていいわね~」
母さんがそう言いながら手で自分を仰いだ。今年はミーの為にエアコンをつけているからだろう。ミーさまさまである。
明日の日中は親父も含めて家の手入れをするらしい。
「もー、海人ったらがめついんだから! 家の手入れもついでにしてくれればいいのに~」
どっちががめついんだよ。家の手入れまでしてくれとか言い出したのはそっちだろ。自分の実家なんだからそれぐらいしろっての。
「俺は山の手入れだけでいっぱいいっぱいなんだよ。家の手入れまでできるか」
「そうね~、何年も山の手入れができてなかったのよね」
「多少はしていたぞ」
じじいが反論した。
「そうなんだろうけどよ、隣の家にまで迷惑かけてただろ。そんなの手入れしてたって言えねーんだよ」
「なんだと!」
「だから! 今は俺がやってるからいいだろ!」
「お母さん、お父さんと海人っていつもこうなの?」
「そうねえ、今日は控えめな方だわ」
ばあちゃんは母さんに聞かれて笑った。父さんが目を剥き、妹は嫌そうな顔をした。ミーはお客さんが多いせいか、最初は遠巻きにしていたが、やがて近づいてきて俺をつついた。
「なんだよ、ミー。紹介しろってか?」
「キアーアー」
なんか今日は甘えたような声を出している。ミーもあざといなと思った。
「かわいいね。名前なんていうの?」
妹が聞いた。
「ミーだ」
「ミー?」
妹が訝し気な顔をした。
「ミヤーアー」
ミーが甘えた声を出した。
「兄さん名づけのセンスないー。でもミーちゃん? かわいいね」
「ミヤーアー」
「触るなら許可取れよ。すぐつつかれるからな」
「うん、大丈夫だよー」
むやみに手を出す妹でなくてよかったと思う。妹は、ミーが近づかなければ手を出さなかった。身体を押さえないようには注意した。
「ミーちゃん、頭いいんだね。この子、どうしたの?」
これを説明するのは何度目かと思いながら、経緯を説明すると父さんと妹は痛ましそうな顔をした。
「キアーアー?」
どうしたの? というようにミーがコキャッと首を傾げる。
「兄さん、絶対ミーちゃんを幸せにしてあげてねっ!」
「だからここに住むっつってんだろーが」
ミーは妹が気に入ったらしく、妹の前で変なステップを踏んだりしていた。おいコラ、飼主は俺だぞ。
「お姉さんもミーちゃん繋がりで知り合ったの? じゃあ、ミーちゃんがキューピッドなんだね」
キューピッドって……。
俺は苦笑した。
じじいが打った蕎麦は普通の蕎麦より分厚くて太かったけどおいしかった。時折打ってくれるからそれはありがたく食べている。
「おじいちゃんのお蕎麦、とってもおいしいね!」
「そうかそうか。真奈ちゃんがそう言ってくれるなら帰りに持たせてやろうか」
「本当? 嬉しいな~」
ばあちゃんが揚げてくれた天ぷらもおいしかった。ナスの天ぷらがうまくてかなわん。夏野菜はいいよな。小さい頃はかき揚げとかそんなに好きじゃなかった気がするんだが、にんじんとごぼうのかき揚げとかもうまいと思う。コーンのかき揚げも出てきた。
「海人は天ぷらばっかりねえ」
母さんが苦笑した。
「どれもうまいんだからしょうがねーだろ。ばあちゃんが作るのは」
「あらあら、嬉しいこと言ってくれるわねえ」
和気あいあいと昼飯を食べてから、俺が本山さんちに電話した。
「うちの両親が来ていますが、いつ頃ならお伺いしてもいいですか?」
「まあ、本当に申し訳ないわね。二時以降でしたらいつでもいいですよ。ご両親によろしく」
京子さんが電話に出た。本山さん本人に連絡を入れてもよかったが、ここは親御さんと直接話すべきだと思ったのだ。
「二時以降ならいつでもいいってさ」
「じゃあ二時半ぐらいに伺おうかしら。真奈はおじいちゃんちにいてね」
「えー、ついてっちゃだめなの?」
「また機会があったらね」
「はーい。兄さん、ミーちゃんと遊んでていい?」
「嘴がけっこう鋭いから怒らせないようにしろよ。服に穴ぐらい簡単に空くからな」
「わかったー」
今までどうしてたっけと思うぐらい緊張しているのがわかる。とりあえず出かけられるようにスーツに着替えたら、妹に似合わないと笑われた。悪かったな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます