60.予防接種はとても大事

 祭りに関しては後日、「生き物を売っている屋台は見なかったか?」と聞かれたが、金魚すくいぐらいしか見なかったのでそう答えた。


「ならいいんだ」


 湯本のおじさんは少し考えるような顔をしたが、ひらひらと手を振った。

 この村ってなんかいわくつきなんだろうか。タロウとミーの出所も聞かれたし。

 ミーはともかく、タロウはオオカミだと木本医師が言ってたしな。それも本当は言った方がいいのだろうかと考えたが、タロウは俺が飼っているわけではないから言わないことにした。


「ばあちゃん、タロウはオオカミだって木本先生が言ってたけどさ……それって村の人には言わなくていいもんなのか?」

「そうねぇ……」


 ばあちゃんは片手を頬に当てて宙を眺めた。


「犬だろうがオオカミだろうが、誰かに怪我をさせたらタロウは殺処分になっちゃうから……言わなくてもいいんじゃないかしら?」

「……確かに」


 相手が悪人なら別だろうけどな。


「あっ、そうだ。狂犬病の注射ってタロウはしてるのか?」

「そういえば木本先生に言われてさせたような気がするわ」


 木本先生ナイス。でも一応打ってくれたかどうかは電話して聞いた。


「おー、よく気がついたねー。大丈夫、打ってあるよ~。でも年一回は義務だから、また冬には打った方がいいね。日本は狂犬病清浄地域だけど、海外はそうじゃないから予防接種はしておかないとね。いやー、山越君みたいに気づいてくれる人が普通にいればいいんだけどなぁ」

「しないもんですか?」

「自分だけは大丈夫って考えてる人が多いんだよ。発症したら助からないのにね」


 こわっ、狂犬病、こわっ。

 身震いした。


「でもさー、どんな病気でもそうなんだけど発症してからの治療とかは評価されても、予防についての評価は低いんだよね。どれだけ防げたかとかって実証できないから予防できてよかったね。すごいね、じゃないんだよ。予防されてるとそれが当たり前になっちゃうから、予防接種しなくても大丈夫じゃないかって勘違いする人が多いんだよなぁ。みんなが摂取してこその集団免疫なんだけどねぇ」


 木本医師がぼやいた。


「確かにそれはそうかもしれませんね」


 俺はごみ処理場でバイトをすることになった時、破傷風の予防接種は受けている。今は予防接種があるから破傷風にかかる人はめったにいない。それで勘違いする人も一定数いるようだ。予防接種をしているからかからないのであって、何もしないで健康でいられるなんてのは運がいいだけだ。

 ただ破傷風に関して言えば、ならないのは予防接種を小さい頃に受けているというのもそうだけど、日本って国はやっぱ他の国と比べて清潔なのである。こればっかりは実感が湧かないと思うがそうなのだ。

 成人した時に親にもらった母子手帳を見れば、どれだけ予防接種をしてもらったかがわかる。破傷風の予防接種をしに行く時念の為持参したら、


「お母さんがんばったね。こんなにしっかり予防接種を受けさせてもらって、感謝をしないといけないよ」


 と医師に言われた。あの時はピンとこなかったが、そういうことなのだろうと今は思う。

 離れてみてわかる親のありがたさっていうのとはちょっと違うけど、大人にならなければわからないことも多々あるようだった。

 予防接種繋がりで思い出した。


「ばあちゃん、帯状疱疹の予防接種は受けたのか?」

「ああ……そんなのもあったねぇ。役場の人に言われておじいさんと一緒に受けてきたよ」

「ならいいや」


 役場の人グッジョブ。水疱瘡にかかったことがある人は、帯状疱疹を発症するリスクがある。予防接種が受けられるなら受けておいた方がいいのだ。

 本山さんには変わらず、土日の朝方は山の手入れを手伝ってもらっていた。

 その時にも一応本山さんのご両親が帯状疱疹の予防接種を受けたかどうか尋ねた。


「山越さんよくご存知ですね。両親共に受けさせましたよ~。でもけっこうたいへんだったんです。母はすぐに受けたんですけど、父が拒否して……それで受けないでいたら帯状疱疹になってしまって……」

「それでどうなったんだ?」

「帯状疱疹ってすっごく痛いって聞いてたんですけど、本当に痛かったらしくて、治ってからはおとなしく予防接種を受けてました」


 本山さんはそう言って笑った。ストレスとかそういうのでいつ発症してもおかしくはないから、受けておくに越したことはないんだろう。わざわざ痛い思いをしたい人はいないしなぁ。


「来週、ですよね……って、休み中、ですけど」


 本山さんが少し緊張した面持ちで言った。今年は8月の10,11,12と休みで(今日は10日である)、その後の13,14,15で有休をもらったから、16日出勤すればまた休みだ。うちの親は13~15日でこっちへ来ると言っていた。叔母さんもだ。父方の実家へ行ったことはあまりない。父は五人兄弟の末っ子だったそうだ。すでに父方の祖父母は他界しているから、全然交流もないと言っていたような気がする。


「うちの親は大歓迎だろうから気にすることはないよ」


 うちの両親も結婚はまだかしないのか一生独身でいる気かとかうるさかったもんなぁ。三十歳過ぎたら本当にうるさくて、それもあって逃げていたようなところもある。当時付き合っていた彼女と結婚したいと思っていたけど、それもダメになってしまったしうまくいかないもんだよな。

 おかげで本山さんに会えたからいいんだが。


「キーアアー」


 ミーが、自分を忘れるなよとばかりに近くで鳴いた。お前の声響くから近くで鳴くなっつーの。


「なんか虫でも見つけたか?」


 ミーを見ればなんかの芋虫を咥えて食べた。よく見つけるよなと感心する。

 俺と本山さんは山の手入れだが、ミーにとっては散歩のようなものだ。タロウはしっかり周りを見て確認してくれているのがわかる。頼もしいなと思った。

 本山さんが緊張しているせいか、俺も少し緊張してきた。

 桑野の家をどうするのかも話し合うとは聞いているから、それは面倒だなと思ったのだった。



ーーーー

※ 予防接種だけでなく、薬、サプリメントにも副作用があります。任意でお願いします。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る