59.夏祭りの手伝いをする
夏の間の土日は、朝方早い時間に本山さんに来てもらって山での作業は継続していた。
早い時間でも夏だから陽射しはけっこうある。首の後ろまで覆う麦わら帽子を被って作業していた。
「海人は結子ちゃんをそんなにこき使ってはいけないと思うわ」
ばあちゃんに抗議された。
「山越さんからお小遣いもらってますから」
本山さんはそう言ってうふふと笑った。
「嫁に小遣いやって手伝わせるなんてのはなぁ」
じじいがなんか言ってるが無視だ無視。
タロウとミーは朝が早くても平気らしく、よく付き合ってくれる。ミーは以前よりも飛ぶようになった。まだ長い距離は無理そうだが、たまに風を捕まえて滑空している。その姿はオウムというより猛禽類に近いのではないかと思う。山にはネズミがよくいるらしく、捕まえてはタロウとガツガツ食べている。すげえ光景だなと遠い目をしたりした。
食べるのはいいが、その血まみれの嘴でつつこうとするんじゃない! と怒ったりもした。
有休は二人同じ時期に取れることになった。両親と叔母が来るという八月の半ばである。本山さんは事務棟の皆さんに応援されたらしいし、俺も粗大の仲間から「がんばれよ!」と言われた。なんつーか、事情が筒抜けというのも問題である。
その前に村で夏祭りがあった。今年は湯本さんちが当番ということで、代わりに俺ともう一人佐野という若い男が手伝うことになった。
聞けば相川の東隣の山に住んでいるという。
「それじゃ夜も出たら一晩泊まりになるのか?」
「そうですね。あんまり山は空けたくないんですけど……」
佐野君はそう言って頭を掻いた。
「俺は村の中に住んでるから、なんだったら夜は帰ってもいいけど」
「いえ、やると言ったからにはやりますよ。お気遣いありがとうございます」
爽やかだったけど、なんか翳りのある笑みを浮かべていた。ふと気づくと北の方を見ている。佐野君ももしかしたら何かあって山で暮らしているのかもしれない。俺からは聞かないけどな。
なんか小声で、「ユマ、メイ……」とか呟いていた気がするが、聞かなかったことにした。
夏祭りはテキヤも呼ぶが、村でも何軒か屋台をやる。俺たちは少し不思議なものを扱うらしい。鶏肉を串に刺したら普通焼き鳥なんだろうが、それを平べったく潰してスパイスをまぶして油で焼くのだそうだ。試しに食べさせてもらったがスパイスがかなりきいててとてもおいしかった。
「ビールが欲しくなるな」
「でしょう? しかもクセになる味ですよね」
佐野君はそう言って笑った。潰して油で焼くから火の通りが甘いとかあまり考えなくていいらしい。それはいいなと思いつつ、祭り当日の夜はタオルを頭に巻いて鶏肉の串を焼いた。
すっげー熱いし暑いんだが!
湯本さんが途中で来て、佐野君に焼いた串を渡して「メシ行ってこい」と送り出した。
「いやあ、すまねえな」
「いえ、この匂い腹にきますね」
「昇平が戻ってきたら交替してくれ。串、いくつか焼いて持っていけよ」
「ありがとうございます」
ふと顔を上げると、佐野君が浴衣姿の桂木さんと連れ立って歩いていくのが見えた。なんだ、色気がないみたいなこと言ってたけどそんなことないじゃないかと思った。
「桂木さんて、佐野君と……」
「それがちげーんだよなぁ……。お互い兄妹みたいなこと言ってんだよ。あそこの妹はとっとと結婚したらしいんだがなぁ」
「桂木さんの妹ですか?」
「ああ、一時期山で一緒に暮らしてたけど実家に戻ってな」
「へー」
きっと俺なんかじゃ想像できないなにかがあったのかもしれない。俺も人の恋路より自分のことを気にしないといけないし。
佐野君はあまり時間を置かずに戻ってきた。
「すみません、夕飯いただきました」
「もっとゆっくりしてきてもよかったんだぞ?」
湯本さんが茶化すように言う。
「何言ってんですか。けっこう盛況じゃないですか」
そう、スパイスの香りのせいなのか全然客足が途切れないのだ。そうしているうちにちょっと客が途切れてきたなと思ったら、本山さんが来た。
「山越さん、お疲れ様です」
「お、結子ちゃん来たのか。山越君、休憩入っていいぞ。ゆっくりしてこい」
湯本のおじさんはそう言って鶏の串をいくつも焼いて持たせてくれた。本山さんは慌てていたが、そういうもんだからと言われて頬を染めた。浴衣姿ではなかったけど、十分かわいかった。
串を持って、お好み焼きの屋台でお好み焼きを買った。そしてビニールシートが敷かれている辺りで夕飯にした。
「本山さんは夕飯は?」
「少しだけ食べてきました。でもこういうところで食べるのって、何故か食べられちゃいますよね」
本山さんはそう言ってふふふと笑った。
「そうだな」
「この串、けっこう後引きますね」
鶏の串を食べて、本山さんは目を見開いた。
「だよな。何本でも食えそうだよ」
「どなたが考えたのかしら。家でも作ってみたいです」
女性だとそういう風に考えるみたいだ。
「でもきっと」
「ん?」
「……ここで山越さんと食べてる時ほどはおいしくないんでしょうね」
ほんのりと赤く染まった頬がとてもかわいく見えた。つーかそんなこと言うなんて反則だ。次の週末は覚えてろよと思う。
「……そんなかわいいこと言ってると、攫うぞ」
「~~~~ッ!」
彼女は俯いた。
「……やっぱり山越さんはずるいです……」
ずるいのはどっちなんだよ。
全く、かわいくてどうしようもねえな。
俺は誤魔化すように、二つに切ったお好み焼きの半分をガツガツ食べたのだった。
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お祭りの時は山に帰れませんからね(謎
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