57.かわいいのが悪い

 平日に獣医の木本医師が来てくれるというので、ばあちゃんとじじいに頼んだ。

 有休をとってもいいんだが、十日もないからもう少し取っておきたい。つっても九月末で一旦辞めるんだけどな。で、十一月からまた勤めるのだ。なんでも、一年以上パートを雇い続けてしまうとボーナスがその分上がってしまうからだと、役所の方からあけすけに言われた。俺としては一か月休みをもらえるようなかんじだから文句はない。その間に本山さんと旅行に行けばいいぐらいに思っている。(本山さんも雇用は似たようなかんじらしい)ただし一か月は無職になるのでその間は国民年金とか、別に保険料も払わなければならない。面倒な話である。

 正直、その間に仕事を探してもいいしな。ただし転勤がない仕事でないといけない。歳も歳だし、見つからなければ役所のバイトを継続しつつ就職先を探すとしよう。幸い株でそれなりに稼いではいるから、十年ぐらいは働かなくても食っていけるだけの金はあるのだ。資産は大事である。

 木本医師がタロウとミーの診察に来ると本山さんに言ったら、


「聞かなくていいんですか?」


 と不思議そうな顔をされた。


「ばあちゃんに対応は頼んであるし、俺に直接言った方がいいことがあれば電話もくれるって先生は言ってたよ」

「そうなんですか……じゃあ、今夜桑野さんちにお邪魔してもいいですか? どういう診察結果だったのか聞きたいですし……」

「ああ、そうだな。ばあちゃんに連絡しておくよ」


 本山さんは情に厚いと思う。俺も彼女とできるだけ一緒にいたいと思っているから、昼食時にばあちゃんに電話した。


「結子ちゃんが夜来るの? もっと早く連絡してちょうだい。もう買物行っちゃったわよ」

「帰りになんか買って帰ろうか?」

「大丈夫よ、あることはあるから。結子ちゃんが来てくれるなんて楽しみだわ」


 木本医師は午後来るらしい。先に養鶏場を回ってくるそうだ。そういえば村の東に養鶏場なんてものもあったなと思い出した。


「養鶏場って、あそこで鶏肉とか買えるのか?」

「買えるんじゃないかしら。湯本さんが友達だから聞いてみれば?」

「そうなのか」


 村内の繋がりがよくわからないが、今度湯本さんに聞いてみることにした。養鶏場の鶏か。うまそうだな。


「山越さん、あそこのケーキ屋さんに寄ってもらっていいですか?」

「俺が買うよ」


 本山さんは首を振った。


「私が康代さん(ばあちゃん)と食べたいんだからいいんです!」


 そう言って笑った顔がかわいかったから、こっそりキスをした。


「や、ややや山越さんっ」

「ん?」

「こ、ここここういうことは困りますっ!」

「結子がかわいいのが悪い」

「かっ、かわ、いいって……」


 真っ赤になったのがもっとかわいかった。ラブホに連れ込まなかっただけ褒めてほしい。ケーキ代は俺が出した。


「結子ちゃん、いらっしゃ~い」

「嫁いできたのか?」


 じじいは黙りやがれ。


「おじいさん、残念だけどまだですよ。幸子たちとせめて話をしないとでしょ」

「そうか。面倒な話だな」

「おいコラそこの似た物夫婦、いいかげん黙れ」

「まー、そんなことおばあちゃんに言っていいと思ってるの?」

「山越さんっ!」


 なんで二人から責められなければいけないのか。解せぬ。


「ばあちゃん、そういえば木本先生はなんつってたんだ?」

「普通に成長してるって言ってたわよ~。そろそろ成鳥になるからよく運動させて、肉類もよく食べさせるといいようなことは言ってたわね」

「そっか、やっぱ大人になるんだな」


 俺の足元をつついているミーを見て感慨深く思った。つってもやってることはまだまだ子どもっぽいし、あんまり飛ばない。今は梅雨だから余計だろう。


「土日、雨が止んだら外へ出ような」

「カイトー、ユーコ、チャン! カワイー」

「おう、そうだな」


 そしてミーはよくしゃべる。本山さんはコロコロ笑いながらばあちゃんとエプロンをつけて台所へ行った。だから、本山さんはお客さんじゃないのかよ。


「ちょっと電話するから静かにしてろよ」


 終わった時間でも電話していいと言われているので木本医師に電話した。何コール目かで木本医師が出た。もう受付の人は帰ったのだろう。


「山越です、今日はありがとうございました」

「いや、こちらこそありがとうだよ。タロウ君の成長もそうだが、ミー君の成長もめざましい! 羽の内側を見たかい? とてもキレイなオレンジ色の羽が出てきたよ」

「そうなんですか?」

「ああ、あの色が出てくればもう成鳥だね。いやぁ、なかなか国内で見られる鳥じゃないから貴重だし、しかも僕が診させてもらえるなんて嬉しくてしかたないよ!」


 木本医師は相変わらずハイテンションだった。


「タロウ君もやっぱりオオカミだね」

「……は?」


 聞き慣れない単語を耳にして、俺は一瞬止まってしまった。


「特徴が明らかにオオカミなんだよね。でも頭のいい子だから大丈夫だよ。気になるようなら、他にオオカミみたいなものを飼っているところがあるから口利きはしてあげよう」

「それって……本当は……」

「いろいろあるんだよ。ほら、実際はこうだったなんて話なんていくらでもあるだろう? って話しすぎちゃったね。また何かあったら電話してくれ。それじゃ」


 木本医師は爆弾を残して電話を切った。

 そっか、やっぱオオカミなのか。

 俺はちら、と土間で伏せているタロウを見た。

 今度タロウとは話をする必要がありそうだった。

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