56.オウムは癒しなのかもしれない

「うちの親に、本山さんのことは話したから」


 日曜日の朝、本山さんを迎えに行った時そう伝えた。


「あ、はい……ありがとうございます」


 本山さんは戸惑ったように言い、頬を赤く染めた。なんつーか、この初々しさがツボなんだよな。


「もしかしたら本山さんちにうちの親から電話がいったりするかもしれないけど、その時はよろしく」

「はい」


 これは本山さん本人だけじゃなく、ご両親にも直接話すつもりではいる。昨日の今日でうちの親から電話が行くことは考えづらいから、帰り送ってきた時に伝えることにした。

 今日も雨だ。

 軽トラを出そうとした時、本山さんちの玄関が開いた。


「リッちゃん?」

「おねーちゃん!」


 本山さんの甥っ子が雨の中そのまま出てこようとした。


「山越さん、停めてください!」


 出す前だったから、そのまま停めた。


「本山さん、傘!」


 本山さんが軽トラを下りて家の玄関に戻った。俺も軽トラを下りた。


「なんでおねーちゃんは休みの日も出かけちゃうんだよ! 僕のことが嫌いなの!?」


 なんかまた面倒なことになっているみたいだった。今日は連れ出すのは無理だろうかと頭を掻いた。


「リッちゃんが嫌いなんじゃないわ」

「じゃあなんでっ!?」

「山越さんの方がリッちゃんよりも好きなだけよ」


 本山さんはきっぱりと、甥っ子にそう言った。


「ど、どこがいいんだよ、怖い顔してるのにっ!」


 やっぱ子どもにも怖く見えるんだな。地味にへこむ。この強面こわもては父親譲りだ。


「私にとっては怖くないわ。むしろ大好きよ」

「なんでだよっ!」


 甥っ子はそう叫ぶように言うと、家の中に駆け戻って行った。傘をさして、本山さんの隣についた。相手は小学生だけどなんか青春だなと思った。


「山越さん、すみません……」

「本山さんが謝ることじゃないだろ」

「あらあら、山越さんごめんなさいね」


 本山のお母さんがやれやれと言うように出てきた。送ってきた時に言おうかと思ったが気が変わった。


「京子さん、すみません」

「あら? 何かしら?」

「玄関先で申し訳ありませんが、結子さんとのことをうちの親に話しました。近いうちに電話があるかもしれません。その時はよろしくお願いします」


 頭を下げた。


「まあ……こちらから是非もらってくださいって言うところなのだけれどもねえ」

「いえ、大事なお嬢さんをいただくのです。こちらから改めて挨拶に伺います」


 本山のお母さんはふうっと息を吐いた。


「結子、絶対に逃がしちゃだめよ。こんないい男、この先現れないからね?」

「わかってるわ」

「それは……」

「山越さんは黙っててください。じゃあ今度こそ行ってきます」

「律にはちゃんと言い聞かせておくから。本当にごめんなさいね~」

「いえ……」


 トラブルというほどのトラブルがあったわけではないが、そのまま俺たちはうちへ向かった。


「遅かったわねぇ。何かあったの?」

「すみません、ちょっと甥っ子が……」


 ばあちゃんに聞かれた。


「いいじゃねえか。いろいろあんだよ」


 素直に答えようとする本山さんを制した。小学生でも男だ。言いふらすことじゃない。


「結子ちゃんは優しいものねえ。海人が横暴だったらいつでも言ってね。やっつけてあげるからね」

「そんな……」


 本山さんは苦笑したが、俺は小さい頃のことを思い出して身震いした。悪いことをしたのは確かに俺なんだが、竹ボウキを持ってどこまでも追いかけられた恐怖は忘れがたい。ヘビの尻尾掴んでぶんぶん振り回して畑へ投げるぐらい、子どもなら誰でもやるだろうに。問題はそのヘビがマムシだったってことなんだが。(危険なので絶対に真似しないでください)

 いやーあの時はばあちゃんに尻が真っ赤になるほど叩かれたっけ。


「まぁいいわ。今日は何を作ろうかしらねえ」

「そうですね」


 本山さんはまたいそいそとエプロンをつけてばあちゃんと台所へ行ってしまった。じじいはまた倉庫へ行ってるらしい。ミーが居間で当たり前のようにトテトテと歩き、


「ミー、チャン、カッコイ!」


 とか言っている。近づいてきて、


「カイトー」


 とも言った。


「ミー、どうした?」


 毎日見てるからあまり気づかなかったが、そろそろヒナの時期も終わるんじゃないだろうか。大分しっかりしてきたように思えるし、体高もそれなりにある。もう30cm近くはありそうだ。つっても独り立ちなんてさせられないんだけどな。


「カイトー、カワイー」


 がっくりと首を垂れた。


「それを言うならカッコいいだろ?」

「ヘタレー」

「てめえわかって言ってんだろ!」


 何故かその後ミーにつつかれた。


「なんで俺がつつかれるんだよっ!」


 首を掴もうとしたが逃げられた。最近飛ばなくても逃げ足も早いのだ。


「カイトー、ヘタレー」

「てめえ喧嘩売ってんのか!」

「あらあら仲良しねえ」


 ばあちゃんと本山さんがお茶と漬物を持ってきた。本山さんはくすくす笑っている。


「山越さん、お茶飲みませんか?」

「……飲む」


 俺は立ち上がっていたが、そのままどっかりと座った。なんだかんだいって、俺は本山さんが笑っていればそれでいいのだ。ミーとどっちか選べって言われたら困る。その時はどっちもと答えるだろうと思った。

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