55.未来を具体的に
梅雨に入ると山の手入れはさすがにできなくなる。せいぜいうちの周りの草を刈るぐらいである。
梅雨で山の手入れはできなくても、土日に本山さんを迎えに行くことは変わらない。本山さんはあまり実家にいたくないというのもあるが、何より俺が彼女と一緒にいたかった。うちに連れてくると本山さんはタロウとミーに挨拶をし、ばあちゃんとエプロンをつけて台所へ行ってしまう。
あれ? うちに連れて来ても一緒にいられてないんじゃないか?
雨の日、じじいはよく寝ている。起きたら飯を食って倉庫へ行ったりする。一応俺たちに気を使っているのかもしれない。俺は車を洗ったり、ミーの相手をしながら本を読んだりしている。せっかく本山さんが来ているのに情けない話だ。
「ミー、チャン、カワイー」
人がいるのに誰も話さないと、ミーはこうやってしゃべったりしている。台所から楽しそうな声が聞こえる。本山さんが楽しいのならいいことにしよう。
じじいが戻ってきた。
「嫁は何やってんだ」
「まだ嫁じゃねえだろ」
「嫁みたいなもんだろーが」
「んな図々しいこと言って嫁いできてもらえなかったらどうしてくれるんだよ」
「そりゃあお前の魅力不足だろ」
ぐぬぬ……となった。
「カイトー、ヘタレー?」
「……ミー、今日という今日は許さねえぞ!」
「コワイー?」
首を傾げながら言うんじゃねえ。わかって言ってんだろお前。
「ミーは頭がいいな」
じじいも笑ってんじゃねえよ。
「あらあらどうしたんですか。海人もおじいさんといちいち喧嘩しないのよ」
ばあちゃんと本山さんがお茶を持ってきた。
「じじいが俺に喧嘩売ってくるんだよ」
「相手をしなきゃいいじゃないの」
「んなわけいくか」
本山さんをすでに嫁扱いしてんだぞ。
「おじいさんの言ってることなんて八割方たわごとなんだから気にしなくていいわよ?」
「お、お前……」
じじいが絶句した。
「なんですか、おじいさん」
「大事な夫に向かってたわごととはなんだ!」
「たわごとはたわごとでしょう。私も結子ちゃんはもう海人のお嫁さんだと思ってますけどね」
「え」
本山さんの顔がみるみるうちに赤くなった。
「結子ちゃんはわざわざ花嫁修業に来てくれてるんだから、おじいさんは余計なこと言わないでちょうだい」
「う……」
「海人も、幸子たちに挨拶したら結婚するんでしょう?」
「……そのつもりだけどな、ばあちゃんが仕切ることじゃねえだろ」
「……そのつもり……」
「結子ちゃんはお式は挙げなくていいの?」
「は、はい……二回目なので……」
「そう」
「式を挙げなくていいのか?」
じじいが首を傾げている。いいんだよ。
「でも白無垢を着た姿は見たいから、お写真だけでも撮ってもらえないかしら?」
「白無垢で写真だけとかあんのか?」
「それは海人が探しなさい」
「……わかった」
結局ばあちゃんに仕切られる形になってしまったが、結婚式だの衣裳を着るだのって主役は本山さんだ。俺が口を挟むことじゃない。それでも昼食後にこっそり聞いてはみた。
「本山さんは白無垢着て写真撮るってのはどうなんだ? 俺は男だからなんでもかまわないけど、本山さんが嫌だったら……」
「いいえ。式をしなくてもいいって言ってもらえただけで十分です。ただ、着物とか、ドレスをレンタルするとお金がかかるから……」
「それぐらいは俺が出すよ」
「でも」
「出させてくれ。晴れ姿の衣裳代ぐらい出せなきゃ結婚する資格はないだろ?」
「そ、そんなことは、ないですけど……」
こんなことで耳まで真っ赤になる彼女がかわいくてしかたない。ミーがトテトテと歩いてきた。
「ユーコ、チャン」
「ミーちゃん?」
「ユーコ、チャン、カワイー」
「まぁ……」
「ミー、口説くんじゃねえ。本山さんは俺のだ」
「もうっ!」
「雨止まねえからデート行ってくるわ」
「夕飯はどうするのー?」
「食べてくる。ほら、行こう」
「え? え?」
ずっと家にいるのももったいない。つっても行く先はS町のショッピングモールぐらいしかないんだが。娯楽施設がないってつらいな。ついでに作業着を取って、S町のコインランドリーに突っ込んでくることにした。色気がねえけどしかたない。雨の中洗っても匂いが落ちなかったりするし。そういう時はコインランドリーが一番なのだ。
「作業着をコインランドリーって、確かにその方がいいですね! 乾燥までやってくれるし」
「そうなんだよ。家で洗濯して干してもなかなか乾かないだろ?」
「生地が厚いですもんね」
こんなことでにこにこしてくれるなんてとてもかわいいじゃないか。
夏になったら両親と叔母がやってくるだろう。その前に本山さんのご両親とも改めて話をしなければいけない。
結婚式をしなくても結婚前にやることはそれなりにあるのだ。
ショッピングモールで悪いとは思ったが、本山さんはそれなりに楽しんでくれたみたいだった。
帰宅してから母さんに電話した。
「ばあちゃんから聞いてると思うけど、俺、結婚を考えてる相手がいるから」
「そんな大事なこと、どうして母さんから聞かなきゃいけないのかしら?」
母さんは不機嫌そうだった。
「ばあちゃんの早とちりはあるだろ」
「そうかもしれないけど、一月前ぐらいには母さんから聞いてたわよ」
「ばあちゃん、気が早すぎだろ」
「そうね。じゃあ妹と話をしてみるわ。海人はずっとそっちにいるつもりなんでしょう?」
「ああ」
「わかったわ。また連絡します」
母さんがそう言って、電話は切れた。
なんだか少し、緊張してきた。
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