54.梅雨入りした
六月も下旬に入る前に雨が降ってきた。
梅雨入りだ。
うちの山と湯本さんの山の手入れをしていたのなら、水場がどこにあるとか知ってんじゃねえか? とじじいに聞いたら、何やら古びた大きな紙を出してきた。それにはタロウが見つけてくれた湧き水が出る場所の他にも川らしきものが描かれていた。
しかもうちの山の裏山というか南の山には社もあったというではないか。
「おい、じじい! この社っつーのはなんだ!?」
「ああ、百年ぐらい昔はそっちに集落があったらしくてな。山の手入れをしていた時は年に一回ぐらいは見にいっとったが、もうずっといっとらんな」
「神様放置してんじゃねーよ……つったら十五年ぐらい前からか?」
「もっと前からじゃろう。集落の子孫も全員村からいなくなってしまったしな」
「じじいはその集落の子孫の子どもとかじゃねえのかよ?」
「うちはいわゆる地主でな。元々この裏の山のほとんどは俺のじいさんの土地だった。それを切り売りしたり、国に寄付したりして今の広さで落ち着いたんだ」
「じゃあ、じじいのじいさんはその集落に住んでたわけじゃねえのか」
「土地を貸してただけだ」
「そんなこともあるんだな」
社があったことはわかったから、秋にでも見に行くことにした。で、湯本さんの土地にも川が裏手にあることがわかった。南側に川があったんじゃさっぱりわからないわな。しかもうちの土地との境に近くて、東に向かって流れていくから川の範囲もそれほどはない。だが南側で狩りをしようと思ったら役には立つはずだ。
どうせもう梅雨入りしたから作業を開始するのは早くて梅雨明けしてからだ。梅雨が明けたら暑くなるから、作業をするにしても朝方だけだな。夏の日中はのんびり過ごすものだ。畑の収穫も基本は朝だ。
「梅雨に入るとまた少し冷えるのよねぇ」
ばあちゃんが困ったように言っていた。梅雨に入ると湿気は周りから入ってくると聞いていたから、家の周りの草むしりは徹底的にした。風呂は薪だから炭はそれなりにある。それを湿気取りに使うことにした。梅雨の前に薪もそれなりに調達できたと思う。じじいには「もっと取ってこんか」とか言われたけど用途を明確にしろと思った。どうしたって土日しかできないだろうが。それで怒鳴り合ったりもした。
「海人、今日は結子ちゃんにお夕飯食べていくように言いなさい」
「わかった」
週に一日は本山さんをうちに拉致る。毎日だと迷惑だろうということで、平日は週一だ。つっても金曜日の夜は必ずデートもする。彼女が生理の時は一緒にいるだけだ。彼女を抱きたいとは思うが、生理の時はとにかく大事にしたい。
「山越さん、そのぅ……」
顔を真っ赤にしてある申し出をされたこともあったが、かえって我慢ができなくなりそうだからと断った。俺は彼女を使って性欲処理をしたいわけじゃない。好きだから一緒にいたいのだと、どうにか告げた。
彼女は真っ赤になったし、俺も頬が熱くなった。
高校生かよなんて思ったりもした。いや、今の高校生の方がよっぽど大胆かもしれない。
「梅雨入りしたな」
「そうですね。洗濯物が乾かなくて困ります」
「だな。今日はばあちゃんが飯食ってけってさ」
「いいんですか? 嬉しいです」
そう言って本山さんははにかんだ。本当にかわいくて困る。
雨が降った日のラジオ体操は粗大の場所でやる。屋根はあるからできないことはないが、雨が降ると作業がしづらくなるから困る。
ごみは古着古布なんかは濡れたらアウトだ。資源にはならず全て焼却処分になる。少しでも濡れてカビが生えたら使い物にならなくなるからだ。(自治体による)
「雨の日には出すなっつってたって出すもんなぁ。そんなに家が狭いのかよ」
収集業者がそう言って笑った。梅雨の時期は一月ぐらい雨だから、家の片付けはその前にやっておいてほしいものである。
つっても今は古着なんてのは工場用のウエスになるぐらいらしい。どこかの国にそのまま送られるなんてことはないそうだ。どうせもらうなら古着じゃなくて新品がいいもんな。
「結子さんはいつ海人に嫁いでくるんだ?」
本山さんを家に連れてきたら、挨拶代わりにじじいがそんなことを聞いた。
「そのうちだよそのうち! プレッシャーかけるんじゃねえ!」
「早く日取りは決めた方がいいだろ」
「うっせえよ」
「キアーアー」
ミーが対抗するように大きな声で鳴いた。
「ミーもうるせー」
「ミー、チャン、カッコイ!」
「何覚えてんだミーは!」
「ここにくるとほっとします」
本山さんはにこにこしてばあちゃんの手伝いにいった。だから手伝わせる為に呼んでるんじゃねえだろーがー。
本山さんは当たり前のようにエプロンをして、できた料理を運んでくる。
「はい、タロウちゃん。はい、ミーちゃんごはんよ~」
当たり前のようにタロウとミーにも餌が入った皿を出してやっている。
「本山さん、そんなことしなくていいから。お客さんなんだし」
「私がしたいからしてるんです。山越さんは台所に入っちゃだめですよ?」
そんな彼女に勝てなくて、俺ははーっとため息をついたのだった。
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