53.メロメロなのは間違いない

 六月も半ばになった。

 外でラジオ体操を毎朝しているが、かなり厳しくなってきた。

 陽射しが強い。ラジオ体操をしただけで汗を掻く。止めたいとは思わないが、確実に暑くなってきているのを感じた。

 粗大の解体や修理の仕事も基本は屋外だ。タオルを頭に巻いて汗をせき止めて仕事をする日々である。水分補給と塩分補給はかかせない。おかげで最近のばあちゃんが作ってくれる弁当も塩分が多めのようである。本当にありがたいことだ。でも自分たちの食事はやはり塩分控えめにしてもらいたいものだと思う。

 山間の村だからここよりは涼しいが、ミーの為にエアコンをつけてくれるよう頼んだ。エアコンはあるのだが、年寄りは感覚が鈍いからなかなかつけないで倒れたりすると聞いている。だから温度計をつけて、この温度計が二十四度を超えたら暑いと感じなくてもミーの為にエアコンをつけてくれるように言った。電気代は払うからと。

 じじいは、


「ペットっつーのは金食い虫だな」


 とか言っていたが、ばあちゃんはにこにこして「いいわよ~」と請け負ってくれた。


「海人は本当に優しい子ねえ」


 なんて言われて頭を掻いた。年寄りがペットを飼うのは必要かもしれない。ペットの為にエアコンつけようって思うもんな。もちろんそれをサポートできる家族も必要だが。

 そんな話を帰り本山さんにしたら、コロコロと笑っていた。


「桑野のおじいさんは相変わらずですね~。でも反対はされなかったんだから、ミーちゃんのことかわいがってるんですよね」

「ああ、そうみたいだ」

「タロウちゃんもですけど、ミーちゃんって山越さんに出会う為に来たみたい」

「そうかな」

「タロウちゃんとミーちゃんのおかげで山越さんと一緒にいられるから、感謝しかないです」


 毎日かわいい髪型をして、俺が何気なくそのメイク好きかもっていったメイクをして、服も洗練されてきて、本山さんはいったい俺をどうしたいのか。しかも彼女は俺を喜ばせることばかり言うのだ。


「……本山さん、あんまり俺を調子に乗らせない方がいいと思う」

「? 調子に乗る?」


 その小首を傾げて見える項が危険なんだっつーの!


「俺自分が思ってるより本山さんのこと好きだからさ、襲いそうで困るんだ」

「お、おそ……」


 本山さんがみるみるうちに真っ赤になった。最近は化粧品も変えたのか、肌に透明感が出てきてとても困る。すごく触りたい。

 いつも通り本山さんを送り届けてからため息をついた。

 やヴぁいなと思う。

 本山さんは意識してないだろうけど、きっと彼女は相手の男に合わせるタイプなのだろう。

 前の夫に言われたから専業主婦になって、夫を立てていたのが仇になったのだろうと思う。

 俺は彼女の前の夫のようにならないようにしなければいけない。彼女には実家があるし、一人でだって生きていける女性だ。俺が前の夫のようになったら、彼女は悲しがりながらもすぐに離れていくだろう。


「俺が、彼女を好きなんだ」


 そう自分に言い聞かせた。彼女が俺を好きになってくれたからってそれにあぐらをかいていていいわけがない。

 帰宅したら、ミーがトテトテと近づいてきてコキャッと首を傾げた。かわいいなと思う。


「ただいま、ミー。お前はかわいいな」

「ミー、カワイー」

「うん、かわいい」


 ヒナではあるが、順調に成長してきているのがわかる。羽も立派になってきた。


「海人はミーちゃんにメロメロねぇ」

「ばあちゃん、それはもう死語だぜ」

「あら、じゃあ今はなんていうのかしら?」


 なんて言うんだろうな。俺も知りたい。

 気になって相川にLINEを入れたら、「死ね」と返ってきた。アイツはなかなかにひどい。


「メロメロ 言い換え とかで調べろよ」


 と追加で返ってきた。なんだかんだいってアイツは世話焼きだ。


「サンキュ」


 と返して調べた。


「ガチ惚れ、マジ惚れ? なんかしっくりこないな」

「ガチとかなんか音が固いわねぇ。ガチンガチン?」


 そんなことをばあちゃんと言いながら、近寄ってきたミーを撫でた。最近はあまりつつかれなくなったが、思い出したようにつつかれるから油断は禁物だ。


「言い方なんぞ意味がわかればいいじゃねえか」


 じじいがいいことを言った。


「そうだな~」


 素直に答えたらじじいがそっぽを向いた。じじいのツンデレとか誰得なんだよ、コラ。

 夕飯の後、じじいと話した。

 結婚は親が決めたものだったが、それからずっと夫婦でいるわけで。そんなに長く夫婦でいられる秘訣はなんなのかと聞いた。


「うちは康代にまかせっきりだ。康代がいい女だから一緒にいてくれるだけだ」

「じじいはばあちゃんに甘えてんのか」

「男はどうしたって甘ったれだからな」


 じじいはそう言って笑った。


「……浮気だけはしない方がいいぞ」

「ああ」

「どんなにうまく隠したつもりでも女にはバレる。それで熟年離婚された奴が何人もいたからな」

「じじいの友達か?」

「同僚だ」

「俺はモテないから問題ねえよ」


 モテたって関係ないけどな。

 ばあちゃんに風呂に入ってもらっている間にこっそりこんな話をした。夫婦でいられる秘訣は聞けなかったが、考えさせられた。

 俺は本山さんとどんな夫婦になりたいのだろうか。

 それこそ話し合いが必要だった。

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