52.好みは人それぞれ

 祖父母の家にタロウとミーを戻したら、ミーがすごく怒った。

 置いていかれるのがわかったのだろう。本当に頭のいい鳥だと思う。


「ミー、明日の夜にはおいしい飯をもらえるからなー」

「カイトー」

「うん?」

「ヘタレー!」


 ミーに罵られてがっくりと首を垂れた。


「……ばあちゃん……」

「ミーちゃんは本当に頭がいいわよねぇ」


 じじいが腹を抱えて笑っているのが見えた。へーへー、ヘタレですみませんねぇ。


「ミーちゃん、山越さんはヘタレじゃないですよ。カッコいいです」


 本山さんが真面目な顔で言う。ばあちゃんとじじいがへんな笑みを浮かべた。にんまり、という表現が一番正しいかもしれない。勘弁してくれと思った。


「本山さん、いいから行こう」

「よくありません! ミーちゃん、山越さんはカッコいいんです!」


 本山さんの目は悪いと思う。それか好みが人と外れているかだ。


「……俺のことをカッコいいなんて言うのは本山さんだけだからさ……」


 本山さんが少し悲しそうな顔をした。


「そんな……。私……山越さんのことは相川さんよりカッコいいと思ってますよ?」

「それは間違いなく目が悪いんだ!」


 即答してしまって膨れられた。機嫌を直してもらうのがたいへんだった。でもなぁ、本当に俺をカッコいいなんていうのは本山さんだけなんだぞ? まぁ、嬉しいけどな。


「……わかりました。一億歩ぐらい譲って相川さんの方が山越さんよりカッコいいことにします……」


 それは全然譲ってないし、本山さんの趣味が悪すぎることは証明された。ばあちゃんとじじいがかわいそうなものを見るような目をしている。この二人は相川のことを知らないはずだが、俺が即答したことを受けての表情なんだろう。失礼な話だが、じじいとばあちゃんの基準の方が一般的な感覚としては合っているのだ。

 ミーは本山さんの剣幕を怖いと思ったらしく、タロウに寄り添っていた。

 こっそりごめんと思った。でもヘタレではないからな!


「ミー、チャン、カッコイ」


 うん、もうそれでいいから。

 絶対あの鳥わかって言ってるよなと思いながら、本山さんを回収して湯本さんちへ向かった。


「……好みとかはわかりますけど……私絶対山越さんの方がカッコいいと思ってます……」

「そう思ってくれるのはありがたいけど、一般的な容姿としては相川の方がカッコいいはずだ」


 なんで自分の友達をカッコいいと言わなければいけないのか意味がわからない。


「じゃあ……競争相手はいないと思ってもいいんですか?」

「え?」

「山越さんは、私が独り占めできますか?」


 ……なんでこう本山さんの物言いは俺のツボにはまるのか。頬が赤いし、耳も赤いし。


「……独り占めしてくれよ」


 俺はそう返すのが精いっぱいだった。本山さんはなかなか軽トラから下りてくることができなかった。

 秋本さんは早めに来て、ハクビシンの肉を置いていったらしい。明日の夕方、桑野の家に内臓を届けに来てくれるというのを聞き、ありがたいと思った。


「すみません。相場とかがわからないのですが、費用などはおいくらですか?」


 湯本のおじさんに聞いたらへんな顔をされた。


「そんなの俺が出すに決まってるじゃねえか。若えもんはすぐいくらだのなんだの聞いてくるがな。そんなものはもらえる時だけ聞きゃあいいんだ」

「内臓はいただきますし」

「内臓なんつーのは基本は捨てる部分だろーが。野生の生き物のなんつーのはよ」

「山越、今回はありがとうって言うだけでいいんだよ」


 相川が苦笑した。


「言い争いは終ったかしら~? おかず、出してもいいかしら?」

「はい、すみません」


 おばさんがコロコロ笑いながら居間のガラス戸を少し開けて声をかけた。すでに漬物とお茶は出されている。


「ハクビシンは鍋にするから最後に出すからね」


 そう言って出てきた料理はやっぱり俺が好きなものばかりだった。小松菜の胡麻和え、夏野菜のサラダ(サラダチキンが絶妙なバランスで入っている)、スナップエンドウと鰹節を炒めたもの、モロヘイヤのお浸し、なんだか知らない青菜と鯖缶を炒めたような料理も出てきた。もちろん煮物も各種である。やっぱりシイタケが肉厚でうまい。昨夜ばあちゃんがさっそく煮て食べていた。


「もらえるならいくらでももらっておいで!」


 と言っていた。ばあちゃんがそんなにシイタケ好きとは知らなかった。


「相川んとこのシイタケ、すげーうまいな」

「もらってくれるならいくらでもやるぞ」


 相川が困ったように笑んだ。本当に困っているようだ。


「うちのばあちゃんがシイタケ好きみたいでな」

「届けに行くよ。……昼間はいないんだっけか」

「俺はな。一応バイトしてるからな」

「そうか」


 相川は少し考えるような顔をした。ばあちゃんでも女性だから苦手なんだろうかと思った。

 ハクビシンは薄味の鍋で出てきた。なんか肉に甘味? があるように感じた。噛めば噛むほど味が出るような、そんなうまさだったから二匹分があっという間になくなってしまった。


「全然臭みとか感じませんでした」


 本山さんがにこにこしていた。


「ハクビシンってうまいんだな……」

「……狩れたら狩った方がよさそうだなぁ」


 おじさんが機嫌良さそうにそう言ってガハハと笑った。俺は本山さんを送っていく関係もあって飲まなかったが、おじさんと相川は普通に飲んでいた。今夜はここに泊まるらしい。山暮らしだから、暗くなると家に帰るのも命がけなのだそうだ。自分の山だからろくに外灯もつけていないらしい。そういうところは個人の山ってのはたいへんだなとも思ったのだった。

 明日は俺も本山さんも仕事である。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る