51.祖父に話を聞いてみた

 日曜日の午前中も、色気なく山の手入れを手伝ってもらった。

 本山さんは本当によく働いてくれると思う。


「結婚したらお金は払ってくれないですよね?」


 とにこにこしながら聞かれたから、「払うつもりだけど?」と答えたらむくれられた。俺のわがままで手伝ってもらってんだから払うのは当前だと思うのだが。


「家族になってからもお金のやりとりなんて……」


 とか、本山さんはぶつぶつ言っている。


「家族間でもなあなあにするのはよくないだろ?」

「そうしたら、もし私がちょっと山越さんに手伝ってもらいたいことがあった時は、その都度お金を払わないといけなくなっちゃうじゃないですか」

「それはその時によるよな。夫婦間の頼み事だったら金はいらないだろ? でもここの山は俺の山じゃないし。俺のわがままで頼んでるんだからいいんだよ」

「……なんか、ずるいです」

「そういう時は話し合おう。お互い納得いくまで話せばいいじゃないか」

「やっぱりずるいです……」


 拗ねた女性なんて面倒だと思っていたけど、本山さんが拗ねているのはかわいく見える。これも俺が彼女のことを好きだからだろうし、彼女が俺のことを考えて言ってくれているのがわかるから余計だったりする。

 彼女と結婚はするつもりでいるけど、その前にせめてうちの親と顔合わせはするべきだろうな。



 昨夜、じじいと話をした。

 湯本さんとのことだ。


「じいさん、湯本さんに聞いたよ」

「……どこまで聞いた」


 じじいはまた苦虫を噛み潰したような顔をした。よく何度もそんな表情ができるものだと思う。


「じいさんたちが湯本さんとこの山の手入れをずっとしてたってことぐらいかな。それ以上は知らない」

「……湯本のせがれが悪いわけじゃあねえ。ただ、もうおっ死んじまった奴のことが許せねえだけだ。あったことだけは言っておく。口は挟むなよ」

「わかった」


 じじいの話ではこうだった。

 湯本さんのお父さんという人が買った土地には山が一部ついていた。その一部は桑野の土地に隣接していたから、湯本のお父さんは桑野の家にお金を払って管理を頼んでいた。

 当時は年間で3000円。それから物価はどんどん上昇していったが、その額は10年間変わらなかったという。


「金額はいいんだ別に。ただなぁ、払ってんだから管理して当然だろっつー態度が癪に触ってなぁ」


 確かにそれは腹が立つだろう。

 じじいも当時はひいじいさんがいたから山の手入れぐらい大したことはなかったが、人は年を取る。さすがに15年以上前にはもう湯本さんの山までは手入れできないと断ったのだそうだ。

 当時はまだ生きていた湯本のおじさんのお父さんは激怒して、「それならば今までに払った管理費を返せ!」と息まいたらしい。

 あちゃー、と思った。

 それはさすがに湯本のおじさんが取り成して返金はしないことになったらしいが、元々少ない管理費で山の手入れをしていたじじいはぶち切れた。もう二度と顔も見たくねえ! といったような状態になったそうだ。

 じじいだけの言い分を聞けばそういう話である。

 実際は他にもお互いに何かあるのかもしれないが、これは引っ張り出すのがたいへんだなと思った。


「ハクビシンの巣っぽいのをさ、湯本さんの山で見つけたんだよ。で、ハクビシンを二匹捕まえたんだ。……明日の夜、食いに行かないか?」

「ふんっ! ハクビシンなんぞタヌキに毛が生えたようなもん食えるか! イノシシでも狩ってこいっ!」

「……わかった。じゃあ俺だけ行ってくるな……」


 今回は内臓が出てくるわけではないからタロウとミーは留守番だ。タロウはともかくさすがにミーの面倒までは看れない。

 イノシシか……前にタロウが狩ったっつってたからまた機会はあるだろう。

 猟期になったら相川に頼んで一緒に山に入ってもらうか。ばあちゃんも湯本のおばさんの料理は上手だって言ってたしな。

 というわけで、湯本家に向かうのは俺と本山さんのみとなった。

 タロウとミーは山の手入れには付き合ってくれている。ミーは獲物がいないかどうかしきりに首を動かして探しているようだった。タロウは獲物というより危険な生き物がいないかどうか見てくれているみたいだ。本当に頭のいい犬? である。


「やっぱオオカミなのかな……」

「タロウちゃん、オオカミさんってことにしておきましょう? それっぽいですしね」


 本山さんがにこにこしながら言う。


「そうだな。そういうことにしておこう」


 おそらくDNA鑑定でもしなきゃオオカミっぽい犬で通るはずだ。でも俺たちにとってはカッコいいオオカミってことで。言い分が子どものようだが、その方が夢があるだろ?

 今日は夕方に来てくれと言われているから、昼ご飯は山の上の湧き水が出る辺りで食べた。ここがけっこう気持ちいいのだ。


「ここはやっぱり涼しいですね~」


 本山さんは終始笑顔だった。タロウとミーにドッグフードを出す。それだけのことでも楽しんでくれているみたいだった。


「本山さん、なんかあったら言ってくれよ? 我慢はしなくていいからな」


 本山さんは頬を染めた。


「じゃあ……少しくっついてもいいですか?」


 俺、このまま山下りて彼女をラブホに連れ込んでもいいんじゃないだろうか。(もっといいホテルに連れ込んでやれという反論は認める)

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