50.明日は宴会らしい
「カイトー」
湯本のおじさんちの、居間の向こうから高い声がして俺は振り向いた。この声はミーだ。
「ミー、なんだー?」
「ミー、カワイー」
「ああ、かわいいかわいい」
しょうがねえなと立ち上がろうとしたら、相川がすごい目で俺を見ていた。
「? 相川、どうかしたのか?」
「え? あ、ああ……そうか、オウムだったか。……そうだよな」
「? ヘンな奴だな。ミー、どうしたんだ?」
ミーは土間からつぶらな瞳で俺を見つめた。
「上がっていいかってことか? すみません、おばさん。ミー、上がってもいいですか?」
「いいわよ~」
「いいってさ」
「キーアアー」
ミーは嬉しそうに鳴くと軽く羽ばたいて居間に上がった。
「あら、ちゃんと飛べるのね~」
「あんまり飛びませんけど」
飛ぶ必要がないから飛ばないのか、それともやっぱり身体が重いのか。そんなことを考えていたらミーにつつかれた。
「いてえっ! ミー、いてえっつーのっ!」
「失礼なこと考えたりすると不思議とわかるみたいよねぇ」
そう言っておばさんがコロコロ笑った。失礼っつーか事実だろ、と思ったが、女性陣を前に体重の話をすると後が怖いので言わないことにした。
明日は夕方からハクビシンを調理するそうだ。内臓は少ないけどほしいならば-20度で48時間以上冷凍してからもらえるという。いわゆる食中毒対策だ。内臓等は俺が食べるわけではないが、きっとタロウやミーが食べたがるだろうと思ったのでありがたくいただくことにした。とはいえ最短で48時間後の受け取りなので、月曜日の夕方以降うちに持ってきてもらえることになった。秋本さん、ありがとうございます。
足を向けて寝られないところが増えてしまった。ちなみに、相川が住んでいる山は村の位置からすると北西の外れにあるらしい。
「キレーな彼女と住んでんだよな?」
「ええまぁ……」
おじさんに言われて相川は苦笑した。彼女がいるのに女性が苦手というのも不思議な話ではあるが、彼女以外はダメなのか、それとも彼女が恐妻家状態だから女性に近づかないようにしているのか、そこまではわからなかった。どちらにせよ本山さんは俺の彼女だから相川に近寄らせたくはない。
明日の夕方以降にまた来るようにと言われた。ハクビシンで鍋をするからこいとのことだ。どんな味がするのか楽しみである。
ハクビシンを捕まえたことで気持ちが浮ついてしまい、作業にならないからと早々に解散することになった。
「本山さんはどうする? おばさんと話すことがあるなら残ってもいいし。帰りは呼んでくれれば送っていく」
「そ、そんなことさせられません! うち、隣ですし!」
「隣っつったってそんなに近くはないだろ?」
そう、田舎の隣は多少距離が離れていたりするのだ。それでも徒歩十分はかからないが。
「~~~~~っ! 桑野さんちに行きますっ!」
「え? いいのか?」
このまま湯本のおばさんと話したそうに見えたんだが。
「ああもう~、恋愛っていいわねぇ~。いい男もいい女もいるのに恋愛成分が全くなかったものねぇ~」
おばさんがくねくねしている。
「何やってんだ?」
おじさんが呆れたような声を出した。
「いいじゃないの、見守るぐらい。相川君は彼女さんがいるからいいけど……」
相川がスッと目を逸らした。おばさんは深くため息をついた。おじさんが苦笑した。
「すまねえな。いろいろあってよ。じゃあ明日の夕方は待ってるからな~」
「はい、ありがとうございます。よろしくお願いします」
頭を下げておじさんの家を辞した。相川からこれでもかとシイタケをもらった。ミーは相川の前でよくわからないステップを踏んでいた。
「ミー、相川は彼女がいるってよ?」
ミーはコキャッと首を傾げた。
「ミーちゃん、相川さんのことが気に入ったかもしれませんけど、そういうことじゃないんじゃないですか?」
本山さんは笑い、相川は苦笑した。
「ミーちゃん、またね~」
おばさんがひらひらと手を振る。相川とはおじさんちで別れた。
うちに戻ったは戻ったが、シイタケだけ置いて俺たちは外のベンチに腰掛けた。タロウは日陰に寝そべり、ミーはその上で昼寝を始めた。のどかである。
「まさかこんなところで相川と会うなんて思わなかったな……」
「連絡とかとってなかったんですか?」
「大学卒業してから10年以上経ってるからなぁ……。年一であけおめメールをするかしないかぐらいしかしてなかったな」
それも毎年ってわけじゃなかったし。
「男の人ってそうかもしれませんね」
本山さんがふふっと笑った。
「あの、さ」
「はい」
「せっかく付き合い始めたのに、山の手入ればっかしてて嫌にならないか?」
どうも色気ってものがなくていけないと思うのだが、雨が降り出す前にできることはやっておきたいとも思っている。
「山越さんが一緒なんですから、何してても楽しいじゃないですか」
なのに本山さんはそうやって俺を喜ばすようなことばかり言うのだ。
抱きかかえてラブホに連れ込みたい衝動にかられたが、お互い作業着姿である。さすがにこのままラブホに突撃したらフられてしまうと思ったので我慢した。
なんで30代半ばにもなって、彼女への性欲が止まらないのだろうか。
「……ありがとう」
俺はどうにかそう答えることしかできなかった。
ーーーーー
寄生虫による食中毒については農林水産省のHPを参照してください。
「寄生虫による食中毒に気をつけましょう」
https://www.maff.go.jp/j/syouan/seisaku/foodpoisoning/parasite.html
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます