48.そんな事情があったらしい
湯本さんの山の麓に下りた。
おばさんが外に出てきていて、でっかいタライに水を入れていた。
「おかえり~、ここにどうぞ~」
「ありがとうございます」
相川はためらいもせず、ハクビシンをタライの中へ入れた。そういえば獲物はすぐに冷やした方がいいんだっけか。内臓取らなくても冷やすのか? さっぱりわからなかった。
「俺たちでさばいてもうまくいかねえだろうから、あきもっちゃんに頼むわ。アイツが来たら渡せばいいだろ」
「秋本さんには本当に悪いわねぇ」
湯本夫妻の会話を聞き、秋本さんというのは解体業者かなにかなんだろうかと思った。
「相川、秋本さんって?」
「村に住まわれてる解体業者さんだよ。イノシシから何から全部解体を請け負ってくれるんだ。山の中に川とかがあればそこで一気に冷やすんだけど湯本さんの山は湧き水があるかどうかもわからないし」
「そういうもんか」
「住むつもりで掘ったりすれば湧き水は出るかもしれないけどな」
「確かにそうかも」
そう考えるとじじいの山の裏側で湧き水を見つけたのは僥倖だったと言えよう。あれもまぁ、たまたまなんだよな。
「川はともかく湧き水は見つけにくいからなぁ」
おじさんが頭を掻いた。
「そうなんですか?」
「川なら広範囲に水音が聞こえるが、湧き水ってのはそこ一か所だけだったりするだろう。しかもすぐに土中に沁みてっちまってたりするから細かく探さないといけないんだよな」
「こちらの土地はいつ頃買われたんですか?」
「山とセットで俺の親父が買った土地なんだ。俺が産まれる前だったかな。あの頃は家と土地さえありゃあなんて、山の手入れとかもろくに考えたことがねえ時代だったからなぁ……」
おじさんが自嘲するように言った。
「おじいさんは山に入ったりしなかったんですか?」
おじさんは頭を掻いた。
「いやぁ……実はな、桑野さんとこと土地が隣接してるっつーこともあって、山の手入れは桑野さんが何十年もやってくれてたんだわ」
「えええ?」
「だから桑野さんとこの山の手入れを頼むなんてこともうちは言えねえんだよ」
「ああ、それで……桑野さんの土地の方に関しては言葉を濁してたんですね」
相川が合点がいったというように後を続けた。
「そういうこった。だからっつって俺が桑野さんの山の手入れができるかっつったらできねえ。うちの山だって相川君とか昇平に頼むことになっちまってる。情けねえ話だ」
昇平が誰だか知らないが、相川も知っている相手なのだろう。「そういうことだったんですか」なんて言いながら相川がにこにこしている。
「だからな、山越君がそんなに気にする必要はねえんだよ」
それでうちのじじいはあんな態度を取ってたのか? おそらくそれだけではなさそうだ。帰宅してから聞いてみよう。
「キーアアー」
ミーは退屈になったのかリュックから自力で下りて俺と本山さんの服をつついている。また虫がついていたようである。山に入るとどうしても小さい虫がつくものだよな。タロウはとっとと日陰を確保して寝そべっていた。相変わらずマイペースでいいことだ。
車の音がしたのでそちらを見れば、軽トラが入ってきた。
「ゆもっちゃん、今日はハクビシンだって?」
「おー、あきもっちゃんありがとな」
「お、冷やしておいてくれたんですね。ありがとうございます」
秋本さんという、湯本さんと同年代ぐらいのおじさんはハクビシンを確認した。
「じゃあ軽く水気を切ったら運んでいくよ。ええと、そこのでっかい犬が獲ってくれたってことでいいのかな?」
「ワフッ」
「ありがとなー」
狩猟期間中ではないので便宜上動物が勝手に狩ったことにするらしい。
「そこの立派な犬君は猟犬とかじゃないよね?」
「違います」
「急ぐからまたね。明日か明後日かな。できたらゆもっちゃんちに連絡するから。挨拶はまたいずれ!」
そう言って秋本さんは飛ぶように帰っていった。動物の解体は時間が勝負のようだ。
「水、流しちゃうわね~」
おばさんがタライの水を捨てた。さすがに動物を入れていたから使い回しはできないだろう。
「お昼ご飯にしましょ。簡単で悪いけど用意したから」
「ありがとうございます」
本山さんがさっさとおばさんに付いていく。そうするのが当たり前ならば、俺がとやかく言うことじゃない。
「今日のお昼ご飯はなんでしょうね」
相川は楽しそうだ。
「すぐ張り切るからなぁ」
おじさんは苦笑した。その後を付いていく。
湯本さんちの山のことなら、もしかしたらじじいが把握しているのではないかと思った。もちろんうちの山のことも含めて。
今は全然山に入っていないと言っていたから詳しく聞いていなかったことが悔やまれた。そんなにずっと手入れをしていたのなら、簡単な地図ぐらい作っている可能性もある。それについてもじじいに聞く必要があるだろう。
全く、なんで教えてくれなかったんだがな。
そう考えてから、俺の態度も問題だったかと少しだけ反省した。ミーは俺の足元をちょろちょろしていて歩きづらい。
「こら、ミー。危ないだろーが、踏んじまうぞ」
苦笑して首を捕まえてから包むようにして運んだ。俺も大概甘いよなと思った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます