44.いちいちかわいくて困る
「キアーアー」
ミーが時折鳴いている。気分なのか、それとも仲間を呼んでいるのかは不明だ。
ここにはミーの仲間はいないんだよな。ちょっとしんみりしてしまった。
でも地面をつついていたり、草をつついていたりして楽しそうではある。そういえば小さいボールとかもあると転がして遊んだりもするみたいだな。今度買ってきてみるか。
今日はミーの獲物はいなさそうだった。
いろいろ話して、ばあちゃんが作ってくれた弁当を食べてから山を下りた。町の喫茶店とかよりもこういうところで話す方が気楽だと思うのもどうなんだろう。
「大事な話なのに、こんなところでごめん」
本山さんはきょとんとした。何を言われたのかわからないというような表情をしていた。
「……ちょっと意味がわからないです」
彼女は困ったように笑んだ。
「いや……普通はせめて喫茶店とかそういうところで話すものかなと思ったんだけど……」
でもそういうところだと人に聞かれてしまうだろうか。難しいな。
「そうですか? あまり人に聞かれたくない内容なので、誰にも聞かれない環境の方が私は嬉しいですけど。それに、山って空気とかも気持ちいいですよね。私は、こういうところの方が好きです」
「そっか……ならよかった」
嬉しそうに言われてほっとした。
外のベンチに二人で腰かけたら、ミーがズボンの裾の方を何度かつっついた。もしかしたら虫がついていたのかもしれない。本山さんのズボンもつついているからそうなんだろう。
「ミーちゃん?」
「虫とかがついてると気になるらしくてつつくみたいなんだ」
「そういえば前にもつついてくれたことあったね。ミーちゃん、虫を取ってくれてありがとう」
「キーアー!」
ミーは礼を言われたのがわかったのか、得意そうな目をした。そして機嫌良さそうにゆらゆらと身体を揺らす。なんつーか、こういうところがかわいいんだよな。
「……本山さんは、本当にうちのジジババと同居してもいいのか? 暮らしてみてから考えるって方法もあるけど」
「そうですね。暮らしてみないとわからないっていうのはあると思います。だから、もしも同居が無理そうだったら相談してもいいですか?」
「それはかまわない。ただ、ミーには伸び伸び過ごしてほしいからこの辺りにいることにはなると思う」
ふふっと本山さんは笑んだ。
「山越さんて、正直ですよね。でも言い方とか、すごく考えてくれてるのがわかるから……そういうところ、好きです」
どうしようと思った。
このまま軽トラに乗せてラブホまで運んでもいいだろうか。
「山越さん?」
固まっている俺を見て、本山さんが心配そうに首を傾げた。
だが明日は平日だ。抱き潰すわけにもいかない。御休憩で済む自信がなかったので、俺は深呼吸した。
「……本山さん、俺さ……あんまり理性がきかないと思うから……あんまり無防備でいない方がいい」
「はい?」
ああもう。やっぱりまっすぐ伝えるのが一番か。
「俺は聖人君子じゃないから、好きな人に好きと言われて平気でいられるほど枯れてないんだ」
「え……ええっ? ええと……ごめんなさい?」
おそるおそるという風に言われたのもへんに萌える。付き合い始めたばかりってのはホントどうしようもねえなと思った。
「……でも、なんかとっても嬉しいです」
「え?」
今度はこっちが聞き返す番だ。
「私、全然モテなかったから……。桂木さんに髪型とか化粧とか教えてもらえてよかった」
はっきり言って今日の本山さんはイケてない。泣いて化粧も剥げてきてるし、山に上ったから髪型だって崩れてる。それでもかわいいなって、好きだなって思うから容姿だけではないだろう。まぁ、第一印象が大事ってのはわかってるから、見た目がいいにこしたことはないんだけどな。
はにかんだ彼女は眩しく見えた。これはもう俺が彼女のことを好きだからそう見えているのは間違いなかった。
「確かに……本山さんを好きだって再認識したのは髪型とか化粧とかかもしれない。でもきっとそれがなくてもいずれ俺は君を好きになっていたと思う」
本山さんは顔を両手で覆った。
「……やっぱり、山越さんはずるいです……」
「最近は本山さんのこと好きとかかわいいとか言ってるつもりだが?」
「~~~~っっ! そういうところがずるいんですっ!」
三十歳過ぎてるのに、バツ一なのになんか初心だよな。それはそれで萌えるんだが。
本山さんの場合は元旦那ってのがひどかっただけだ。まぁでも人はなんだかんだいってマウントを取りたがるものだから俺も気をつけることにしよう。無意識にそういうことをやったら目も当てられないしな。
「キーアー」
ミーは俺たちをつつくのに飽きたらしく、今度はタロウをつつき始めた。タロウにも虫がついていたらしい。そうしてやっとタロウの毛がキレイになったのか、バサリと羽ばたいてタロウの上に乗った。
タロウはやってられないとばかりに外の小屋に戻っていく。その背にミーが乗ったまま悠々と運ばれていった。よく落ちないなと感心しながら、俺はこの後ばあちゃんからの追及をどうかわそうかと考えていた。
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