43.山の中で話し合う

 誰かが思っていたよりも俺が金を持っていたこと。それによってかつての彼女がたかってくるようになってしまったことを淡々と話した。

 できるだけ感情が乗らないように、事実だけを話したつもりだった。

 なのに、本山さんは静かにだがポロポロと涙をこぼした。


「ご、ごめん、なさい……最近、涙もろい、みたいで……」


 慌てる俺に弁解するように、ハンカチで目元を押える。


「なんとなく、ですけど……山越さんがお金を持ってることは……気づいてました」


 まぁ、わかるだろうなとは思う。山の手入れと称して同僚に気前よく金を渡していたのだ。それも二日間も。役所のバイト程度がポンポンと出せる金額ではない。


「ただ……ちょっと心配はしていました」

「心配?」


 涙声だったが、話は続けるらしい。


「出所がわからなかったので……パチンコとかで稼いだ一過性のお金を使っているのかな、とか。って……株もギャンブル色強いですけど……」

「ああ……」


 言われてみれば本山さんの懸念もわかる。一般的に、一時的に羽振りがいいとなるとパチンコか競馬かみたいな感覚はある。俺はどっちもやらないが。


「……中国株って、そんなに稼げたんですね?」

「それこそ一過性だけどな。友人でさ、株とかそういうのに強い奴がいて教えてもらったんだよ。で、互いに買ってうまいこと売り抜いて、それでまぁどうにか?」

「……すごいですね」

「あの時は運がよかった。おかげでそんなに金に対しては苦労してないんだ……」


 そう、金に対しては。

 他のところでちょっと人間不信っぽくはなっているが、それぐらいこの年まで生きていれば一つや二つあるんじゃないかと思う。(個人の感想です)


「……いくら稼いでたって、お金があるって言ったって、それは山越さんのお金じゃないですか」


 ぼそっと本山さんが呟いた。そう、俺の金なんだよな。


「付き合っていたとしても、それは彼女のお金にはならないでしょう?」

「……結婚すると共有資産ぽくはなるけどな」

「結婚前の資産もそれに入るんですか? でも、それは結婚した相手のお金にはなりません。山越さんの個人資産のはずです」


 本山さんが言っていることは正しい。けれどそれを徹底できる者がどれだけいるかはわからない。


「もちろん、結婚してどうしてもお金が足りないってことになった場合は使わせてもらえないかと相談することはあるかもしれませんが、それは山越さんのお金なんですから……」

「……ありがとう。まぁ……今はそれほど傷ついてるわけでもないんだ。二年も付き合って彼女のことがわからなかった自分が不甲斐なかったっていうかさ……なんかバツが悪くなって切り替えがしたかっただけなんだよ」


 そんなカッコ悪い理由から、ここまで来た。

 バイトを転々としているような生活だったから、移動はたやすかった。小さい頃、夏休みに母の実家に帰省していた情景を思い浮かべて、そういえば祖父母もいい歳だったなと思ってこっちへ越して来たにすぎない。越してきてからもう一年と八か月ぐらいになるが、最初こっちの役所に知り合いがいるっていうのを紹介してもらってからは、そんなに訪ねてもいなかった。ようはジジババ不孝な孫だった。

 本山さんも知り合いの伝手でごみ処理場の事務員としてパートを約八か月程前から始めていた。俺は基本外で粗大ごみの解体とか修理をしていたし、本山さんは事務所で電話対応などをしていたからお互いを認識していなかった。俺も可燃の制御室の奴らとか全然知らないしな。同じ場所で働いていても、敷地がそれなりに広いのと動線が重ならなかったことから全く気づいていなかったのである。

 だから、ミーに出会えたのは奇跡に近かったのではないだろうか。

 いろいろ話しているうちに、本山さんがくすりと笑った。


「帰省して村にいたことがあるなんて……本当は小さい頃会っていたかもしれませんね?」

「多分な」


 つっても三軒隣だから会おうと思わなければ会わなかっただろう。同じ学校に通ってたって知らなかったなんて例はいくらでもある。


「山越さん」

「うん」

「私、結婚してからも働きたいです。今のパートを続けるかどうかはわかりませんけど」

「うーん……本山さんはさ、子どもってほしい?」

「えっ? ええ、まぁ……はい」

「じゃあパートのままの方がいいかな。これから正社員ってなっても、多分妊娠してすぐ産休に入るから嫌がられるだろうし」


 本当は、そんなこと気にしないで素直に祝ってあげられる社会ならいいのだが。


「それは、そうですね……」

「その分俺が稼ぐよ。……ってまだ付き合い始めたばっかなのにな」


 自分がいい年だからもう結婚した気になっている。


「気が早かったらごめん」

「……そんなことは、ないですよ?」


 本山さんの頬が赤い。泣き止んでくれてよかった。


「そういえば……私、結婚するとしたら二回目だから……ちょっと式は挙げたくないんですけど……山越さんは初婚ですよね?」

「あー、そういうのもあるか」


 なんとなく周りが「式の日取りは?」とか言ってくるから結婚式をするものだと思っていたけど、本山さんがしたくないならしなくてもいい。


「俺はどっちでもいいからそれは任せるよ。あ、でも」

「はい」

「ウエディングドレス姿は見たいから、写真は撮らないか?」


 それだけは譲れない。

 本山さんは耳まで真っ赤になった。

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