42.混乱していることは間違いない
「遅かったわね。どうかしたの?」
うちに戻ってタロウとミーを連れて行こうとしたら、ばあちゃんに声をかけられた。
「うん、まぁいろいろあってさ」
「……うちが……本当に……」
本山さんは泣きそうだった。つい昨日はあんなに嬉しそうにしていたのに、今日は花が萎れてしまったようだった。実の兄とはいえ、許せん。
「結子ちゃん、そんな状態で山の手入れなんてできるの? 怪我したらいけないから、デートでもいってらっしゃい」
「でも私、作業着ですし……」
家で着替えさせてくればよかったと後悔した。本当に俺はそういうところ気が利かない。
「ちょっと待ってなさい!」
ばあちゃんがバタバタと奥の部屋へ入っていったかと思うと、花柄のワンピースを持ってきた。はっきり言って全然今風ではない。だが作業着よりはいいだろう。
「これを着て行きなさい!」
「えっ? でも……」
「本山さん、それ着て出かけよう。俺も着替えてくるからモールへ行こう」
「はい……」
「モールで服を買おう。俺が買うから」
本山さんの腕を軽く取って耳元で囁いた。本山さんは真っ赤になった。
タロウはなーんだというように元の位置に戻り、ミーにはすまんと手を振った。
「キーアー! キーアアー!」
ミーは連れて行ってもらえないことに気づいて怒り出した。
だけど今は本山さんの方が優先だ。けれど彼女ははっとしたように目を見開いた。
「……山越さん、刃物は使わないので山に登りませんか?」
「え?」
「だって、康代さん。お弁当作ってくれてるじゃないですか」
ばあちゃんが座卓に置いた包みを隠そうとしたが、見てしまった。いつ出かけてもいいようにと用意してくれたのだろう。
「ああうん、そうだな。ばあちゃん、弁当ありがとな。やっぱちょっと散策してくるわ」
ばあちゃんがへの字口になった。
「もうっ! なんで男ってそうなのかしらっ!」
「康代さん、私……そんな山越さんが、好きなんです……」
真っ赤になって、消え入りそうな声で本山さんがそう言う。破壊力がやばくてまずい。やっぱり着替えさせればよかった。俺ってやつは! 俺ってやつは!
内心地団太踏みつつ、ミーを肩掛け鞄に納めてやっぱり山を登ることになった。タロウは普通に身体を起こしたが、「アンタたちいいかげんにしなさいよ」と言いたそうな目をしていた。本当に申し訳ない。
結局予定より時間は大幅にずれたがうちの山を登り始めた。全く、何やってんだかな。
でも確かにここなら大声を出したところで周囲に漏れそうもなかった。
「ミーちゃん、タロウちゃん、ごめんね。山越さんも……振り回してごめんなさい」
「……家族に関してはしょうがないだろ。選べるもんじゃない」
親兄弟なんてものは自分で選べるものじゃないからしょうがない。
一応折れた木などがまたあったからポイントだけチェックしておくことした。来週には切って運んだりする必要があるだろう。
山の中腹で今日は昼になった。タロウとミーに周囲の安全を確認してもらってから、持ってきたレジャーシートを敷いた。タロウとミーには恒例のドッグフードを出した。ちゃんとアルミ皿に出し、こぼすなよと厳命して。他の生き物が食べたりしたらたいへんだからな。そこらへんは徹底するようにはしている。
いい天気だった。そろそろ梅雨が近いなんてとても思えない。
山の中だからいいが、下りると暑い。そんな気候だった。
弁当を食べる前に話をした。
「いい天気ですね……」
本山さんがポツリと呟いた。
「うん」
別に彼女に何かを話させたいわけではなかったからそれでよかった。
でも、とも思う。もしかして俺が自分のことを話した方が彼女も心を開きやすいのではないかと。
「独り言だけど、ちょっと聞いてくれるか? 俺さ……じいちゃんとばあちゃんが心配だなんて言ってS町に流れてきたんだけど、その前に付き合ってた子がいたんだ」
「……はい」
「本山さんはカッコいいなんて嬉しいこと言ってくれるけど、俺は今までそんなこと言われたの本山さんが初めてだよ」
「ええっ?」
俯かせていた顔を本山さんはバッと上げた。信じられないというような顔をしている。やっぱり本山さんは趣味が悪い。
「まぁそんなわけで、今まであんまり彼女がいたことはないんだ。でもここに来る前に付き合ってた子はさ、俺の怖い顔が安心するって言ってた」
「怖く……ないですよ」
本山さんはぼそっと呟いた。おかしくなった。笑いが込み上げてきたけど、今は笑う場面じゃない。彼女がやっぱり好きだなと再認識して、どうにか抑えた。
「で、二年ぐらい付き合って……結婚も意識してさ」
そこで唾を飲み込む。手が汗をかいている。すごく自分がひどく緊張しているのがわかった。
「俺が持っている資産とかをその子に話してみたんだよ」
「……はい」
本山さんは不思議そうな顔をしていた。
彼女を試すつもりも試したつもりもない。ミーを伸び伸び過ごさせる為には、祖父母の家にいた方が都合がいいのだ。だから嘘は言ってない。
それでも、さすがに声が震えた。
「そうしたらその子の目の色が変わってしまったんだ」
それぐらい、うまく稼いでしまっていたから。
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