41.将来の話をしていた

 すっかり忘れていたが、今日は湯本ご夫妻による俺たちへのお祝いでもあったのだった。

 それは最後にケーキが出てきてから気づいたことだった。冷凍のケーキを取り寄せしたらしく、こういうのでごめんねとおばさんがすまなさそうに言った。

 最近の冷凍技術はすごい。なんとも高そうな長方形のチョコレートケーキが出てきてみなでつまんだ。さすがにミーにはあげなかった。なんかあったら困るしな。

 ミーが怒っていたがタロウが寄り添ってくれていた。タロウ、すまん。


「……桑野さんちと同居か」


 おじさんが言う。多分そうなるんだろうが気が早いとは思った。


「彼女が嫌なら近くに家を借りてもいいとは思ってます」


 それならミーの世話だってできないことはない。なんだったら敷地内に小屋を立てたっていいのだ。でもそれが嫌なら空き家を借りればいいだろう。聞けば意外と空き家はあるようだった。


「まぁな。嫁の言うことを聞くのが一番だぞ。男だの家だのの都合で決めたら熟年離婚されたなんて話はよく聞くからよ。うちは両親が早めに亡くなったからまだいいが」

「もう、そんな失礼なこと言わないの!」


 おばさんが苦笑する。


「介護はたいへんだっただろ?」

「まぁ、そりゃあ、ねえ……」


 おばさんは言葉を濁した。

 日本は高齢化社会だから介護問題は他人事じゃない。


「そこは一応考えてます」

「しっかり話し合った方がいいぞ。桑野のじいさんとは喧嘩になるかもしれないが、終活ってのは子どもにも孫にものしかかってくるからな」

「はい、ありがとうございます」


 まだ結婚もしてないんだが、俺自身がもういい年なのでどうしてもそういう話になってしまった。

 本山さんもその話は神妙に聞いていた。彼女の家はお兄さんが継ぐことになってはいるが、介護問題は他人事ではないだろう。兄妹なわけだしな。

 翌日はうちの山の手入れを手伝ってもらうことになっていた。

 本山さんを迎えに行ったら、珍しく家の表には出てきていなかった。軽トラを下りて呼び鈴を押したら、珍しく京子さんが出てきた。


「ごめんなさいね。今来るから……」


 京子さんは少し困ったような顔をしていた。もしかして、昨夜介護問題について話をしたのだろうか。


「ごめんなさい、支度がなかなか整わなくて……」


 そう言って廊下の向こうから出てきた彼女の顔はなんとなくむくんでいるように見えた。それは普通ではないと思った。


「どうしたんだ?」

「なんでも、ないんです……」

「なんでもなくはないだろう。すみません、京子さん。何があったんですか?」


 京子さんはため息をついた。


「家の恥を晒すようで申し訳ないのだけど、ちょっと上がってくださる?」

「はい」

「山越さん」


 不安そうな彼女の表情を見て、なんとなくわかってしまった。彼女はとても怖がっていた。

 悪いけど、俺は自分でこうと決めたら梃子でも動かないんだ。彼女はもう俺のものだと決めている。


「大丈夫」


 だからそう言って彼女の手を握った。


「でも……」

「話は聞きます」


 京子さんにきっぱりと言った。聞くだけだ。言うことを聞くという意味ではない。


「それで十分よ」


 京子さんは笑んだ。

 居間に通されて、お茶と漬物とお茶菓子を出された。そこに苦虫を噛みつぶしたような表情のお父さんと、不貞腐れた顔の兄、そしてこちらもへの字口の甥っ子がしぶしぶという体でやってきた。


「アンタ、妹に悪知恵を授けたのか」


 忌々しそうに兄が口を開いた。


「一夫、いいかげんにしなさい」


 京子さんがぴしゃりと言う。


「今すぐではなくても結子は山越さんに嫁ぐのよ。そうしたら結子はこの家の子ではなくなるの。貴方たち子どもに頼るつもりはないけれど、もし私たちに介護が必要になった時は一夫、貴方が率先して動くのよ」

「それは、わかっちゃいるがな……」


 本山のお父さんが言葉を濁した。京子さんはそんなお父さんを一瞥した。


「一夫、昨日も言ったけど結子に負担を強いるつもりでいるなら、この家からは出て行きなさい」

「母さん、出ていくなら俺はアンタたちの面倒は看ないぞ!」

「かまわないわ。ここで暮らしていけなくなったら土地を売却してそのお金で老人ホームに入るから」


 そういう選択肢もあるのかと感心した。(実際には売れるかどうかもわからないが、そういう考え方もある)兄はぐっと詰まった。甥っ子がとても心配そうな顔をしている。子どもにそんな顔をさせるなんて最低だ。

 京子さんは甥っ子の側に近寄り、「大丈夫よ」と言って頭を撫でた。そして、


「だからね、結子はもう私たちのことなんて気にすることはないのよ?」


 困ったような顔をしていた本山さんに、京子さんは晴れやかに笑んだ。


「桑野さんと山越さんさえよかったら、今日にでも結子を連れて行ってちょうだい」

「お母さん!」


 京子さんの申し出はありがたかったが、そんなことができようはずもない。


「京子さんにそう言っていただけたこととても嬉しいです。ですが二人だけの問題でもありませんので、もっとよく話し合いたいと思います」


 どうにかそう言って頭を下げ、作業着姿で待っていた本山さんを連れて戻った。

 現実はドラマのようにはいかないのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る