38.お互いそれなりの歳だし

 本山さんは夕飯をうちで食べていくことになった。

 昼が豪勢だったからそんなに作らなくていいと言ったのだが、ばあちゃんは倉庫の冷蔵庫からも食材を出してきて調理を始めた。


「もうっ、こんなことなら真知子ちゃんに料理を習っておくんだったわ!」


 と嬉しそうに言いながら。そんなに食材出して大丈夫かと不安になったから、後でこっそり食費を追加で渡しておこうと思った。(本山さんが帰ってから渡したら怒られた。なんでだ)

 本山さんは前祝いと言われたのに今日も飲まなかった。俺が本山さんを送っていくので飲まないからだ。


「俺に付き合わなくていいよ」

「いいんです。飲まなくても楽しいし、嬉しいので」


 そう言って本山さんははにかんだ。口紅も色鮮やかで、本当に顔の印象まで変わるんだなと思った。化粧はすごい。化けるって意味じゃなくて、女性に自信を与えてくれる道具でもあるのだと思った。これは……湯本のおばさんと桂木さんに感謝だな。湯本さんにも近々報告しておこう。

 天ぷらが出てきた。昼に散々食べてきたからそんなに入らないと思ったが、ばあちゃんの作る天ぷらはうまくてついつい食べてしまう。後で胃もたれを起こさないか心配だ。

 そんなに遅くならないうちにと本山さんを送り届けた。


「結子(ゆうこ)、おかえりなさい。山越さん、送り届けていただいてありがとうございます」


 本山さんのお母さんである京子さんに頭を下げられた。


「それで? お式はいつかしら?」

「お母さん!」


 どうして付き合うイコール結婚式になるのか。まぁお互いいい年ではあるんだが。


「申し訳ありませんが、今日から付き合うことになったのでそういうことはまだ決めていません。ですが、できるだけ早く決めたいとは思っています」


 京子さんは眉を上げた。


「あらまぁ……結子は本当にいい男を捕まえたわねぇ」


 そう言って京子さんはコロコロ笑った。

 本山家の女性はみんな趣味が悪いのか?


「また明日」


 と挨拶をして、首を傾げながら帰った。戻ったらミーが「キーアー、キーアー!」としきりに鳴いていた。


「? ミー、どうしたんだ?」

「海人と結子ちゃんがいなくなっちゃったから怒ってるのよ~」

「ミー、近所迷惑だ。もう鳴かないぞ」

「キーアァー!」

「いてっ! だからつつくなってのっ!」


 このズボンは作業着じゃないから簡単に穴が開くんだぞっ。

 まぁ付き合うことにしたからって関係がそう変わるものでもない。だが本山さんも三十一歳だから、結婚式とかそういうのはできるだけ早めに挙げられるように考えた方がいいだろう。あ、でもバツ一なんだっけ。式とかもう挙げたくなかったりするんだろうか。(最近の結婚は三十代以上が普通だとかいうのは聞かない。俺ができるだけ早く娶りたいだけだ)

 翌朝はいつも通り本山さんを迎えに行った。

 化粧は出勤仕様の控えめなものになっているが、髪型も更にかわいくなっているし(ハーフアップでサイドの髪を少し垂らしている)、何よりも指輪を付けてくれているのが嬉しかった。前の彼女に指輪をねだられた時は面倒だとしか思わなかったのに、彼女の指に収まっている指輪が嬉しく感じるなんて不思議だった。


「おはようございます」


 朝から本山さんはなんだか少し照れているみたいだった。まるで中学生か高校生の時のような甘酸っぱさだ。


「おはよう」

「あの……職場では言わないんですよね?」

「言ってもいいけど、おもちゃにされないか? 聞かれたら隠す必要はないし、俺も言うけど」

「……はい」


 朝からそんなに照れられたら職場に向かえないだろーが。途中にラブホあるんだから入るぞ。まぁまだ入らないけどな。

 性欲がないわけではないが、まだしっかりデートもしていないのにラブホはどうかと思ったのだ。身体目当てだと思われるのはキツイ。

 そう思っていたんだが、金曜日に誘われてしまった。

 彼女から誘わせるとか俺は最低だ。幸い避妊に必要なものは持ち歩いている。(なんで持ち歩いてるんだとかいうツッコミはなしで)


「今日は外食してドライブしてくるから帰りは遅くなる」

「あらそーお? 楽しんできてね~」


 ばあちゃんに電話をした。電話口の向こうで「うふふ」とか聞こえたからバレてるに違いない。こういうセキララさが田舎は嫌だ。

 本山さんは出てくる時に言っていたらしい。そんな覚悟はまだしなくてもよかったと思ったのだが、


「か、身体の相性も合わないと……困りますよね」


 と真っ赤な顔で言われてしまった。俺は彼女に何を言わせているんだと頭を抱えた。

 ヘタレです。ミーに言われなくてもヘタレです。だがこれ以上ヘタレでいるわけにもいかないだろう。

 もう少し大事にしたかったが、お互い初めてでもない。男は度胸だ。女性に恥をかかせてはいけない。

 その夜、レストランで食事をして、まぁそのなんだ……そういうホテルに入った。

 ……彼女的に、俺は合格だったようである。

 うん、よかった。内心ほっとした。

 これで不合格とか言われたらどうしようかと思った。そうなったらアレだな。ミーを連れてもっと山奥に山を買って隠棲するしかないな。幸い株でそれなりに稼いでるから十年ぐらいはどうにかなんだろ。

 あ、そうだ。一応資産のこと彼女に言っておいた方がいいよな?

 ……豹変されないことを祈る。

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