37.勢いは大事らしい

 缶コーヒーが少し温くなったかなと思った頃、本山さんは泣き止んだ。


「……ごめんなさい」

「それで、何がトラウマだったんだ?」


 それによっては自分の言動に気を付けなければいけないし。


「あの……ええと。トラウマ、というか私メンクイで……惚れっぽいから、その……」


 本山さんはそっぽを向いた。俺は眉を寄せた。

 メンクイ?

 惚れっぽいはわかるけど、メンクイ?

 意味がわからなかった。


「……えーと?」

「その、付き合うことになったきっかけは元夫から声をかけられたんですけど……顔が好みだったのと、嬉しいことを言われて、私も彼に簡単に惚れてしまったんです……それで……」


 ますますわけがわからなかった。

 状況を思い出そう。

 本山さんは俺に対して頬を染めることが増えた→きっと本山さんは俺に好意を持っている→俺が本山さんのことをかわいいと言った。

 ……自惚れじゃないよな?


「……本山さんは、惚れっぽい自分にトラウマがあるって理解でいいのか?」


 本山さんは耳まで赤くなった。


「は、はい……そういうこと、デス……」

「で、俺の勘違いでなければ……本山さんは俺が好きなのか?」

「……はい」

「そっか……」


 こういう時はどう返せばいいんだ?

 俺も! でショッピングモールへウキウキとデートに出かければいいんだろうか。俺、もう三十四だしなぁ。そんな軽く考えていいものなのかどうかわからない。


「本山さんがメンクイってのは間違ってると思う」

「えっ!?」


 とりあえず間違いを正しておくことにした。ヘタレだって? ああ、そうだよ!


「俺なんかをカッコいいなんて言うのは本山さんぐらいだ」

「そんなっ! 山越さんはすっごくカッコいいですよ!」

「そこは本山さんの趣味が悪いと思うんだが……」

「そんなぁっ!」

「俺さ、もう三十四だからさ……」


 無意識にだろう、すぐ側まで顔を寄せてきた本山さんの髪をそっと撫でた。さすがにまだ抱き寄せる勇気はない。


「付き合うってなると結婚も前提にって考えるんだけど、いいのか?」

「……えっ? ええっ?」

「だけど俺役所のバイトだから、給料も低いし、実際結婚しても祖父母の家に住むことになる。もちろんもっとちゃんとした就職先も探すけど……」

「……私っ! 山越さんがいいです! 桑野さんちに同居でかまいませんっ!」

「う、うん……じゃあ、結婚を前提に付き合ってください!」

「はいっ!」


 軽トラの中で、何も用意しないで何やってんだかな? しかも俺、自分のことも詳しく話してないし。でもとりあえず付き合い始めたってことだけは各所に伝えなければいけないと思った。


「本山さん、指輪とネックレスどっちがいい?」

「え? ど、どちらでも……?」

「買いに行こう」


 せっかくここまで来たんだしってことで、ショッピングモールだとそれほど高い店は入ってないかもしれなかったが、どうにか彼女に似合うアクセサリーを買えたのだった。カード持っててよかった。

 で、どっちの家から報告するかという話になり、まずは俺の方へ。


「あらあらあらあらまあまあまあまあ」


 ばあちゃんが超喜んだ。

 ミーが帰ってきた俺たちを見てぴょんぴょん跳んだ。嬉しかったらしい。かわいいな。


「キーアー、キーアー!」


 本山さんにすりすりしそうになったから止めたんだが、本山さんはかまいませんとそっとミーを撫でた。


「ミーちゃんは素直ね。これからもよろしくね」


 そう言う本山さんの顔は晴れやかだった。


「で、結子さんはいつ嫁に来るんだ?」


 じじいが余計なことを言い出した。


「……今日から付き合うって話なのにそんなに早く決まるわけがねえだろ!」

「とっとと嫁にもらわねえと誰かに奪われちまうかもしれねえだろうが!」

「略奪婚なんて今時流行んねえんだよっ!」


 怒鳴り合う俺たちを見て、本山さんはクスクス笑った。


「ごめんねぇ、結子ちゃんうるさくて」

「いえ、仲がよくていいですよね」


 ミーは本山さんの回りをぴょんぴょん跳んで、彼女を歓迎しているみたいだった。お前そんなに彼女に媚びてんじゃねえっての。彼女は俺のだぞ。


「前祝いよ! 結子ちゃん、お夕飯食べていきなさい!」

「ええっ?」

「京子ちゃんには私から電話しておくからっ!」

「えっ、あのっ……」

「もう結子ちゃんはうちのかわいいお嫁さんなんだから、いつでもうちで一緒に暮らしてもいいんだからねっ!」

「えええっ!?」


 本山さんはもう真っ赤だ。つーか、本山さんは今日赤くなりすぎだ。血管が切れてなければいいんだが。


「……おい、ばあちゃん……そんなわけにいかねえだろうがよ」


 ブルータスお前もか、と言いたくなるぐらいこの夫婦は似ていたらしい。


「昔もそんなに唐突だったのかよ」

「昔の結婚なんて親が決めたものよ。何月何日にあそこの家へ嫁げって言われて嫁いできたの」

「ああ、まぁそういうもんか……」


 あっけらかんと言われてどう返したらいいのかわからなかった。ばあちゃんの時代、都会なんかだと自由恋愛だったんだろうが、田舎はまだそうではなかったのだろう。


「だから早く結婚式の日取りを決めましょうね」

「当たり前に言うなっての!」


 困った年寄りである。俺は苦笑した。



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