35.二軒隣のおじさんと話してみた

 さて、玄関から入ってすぐの居間で湯本のおじさんと二人きりになってしまった。

 すでに料理は片付けられ、目の前にはお茶と漬物、煎餅の入った菓子鉢が置かれている。せっかく来たのにお昼ご飯だけ堪能してはいさようならというわけにはいかない。今後を含めて相談する必要があった。


「すみません、できれば山の上の隣接した土地のことで相談をしたいのですがよろしいでしょうか」

「そんなにかしこまるこたあねえよ。正直言うとうちの山の上の方をどうしたもんか悩んでたんだ。だから声をかけてもらったのは助かる」


 少し難しい顔をしていたおじさんは、そう言ってにかっと笑った。


「それならいいんですが……長年ご迷惑をかけてきたのではないかと……」


 手土産はすでにおばさんに渡してはいたが、それではすまないと俺も思っていた。おじさんは困ったように頭をがしがし掻いた。


「山越君が迷惑かけてたわけじゃねえだろ? 謝られても困るんだよ。それよりもう少し建設的な話をしようぜ」

「は、はい!」


 ということで、今度一緒に山の上の方を見に行くことになった。つっても俺は平日働いているから直近だと今度の土日だ。


「梅雨対策なぁ……まぁ木が密集してたりすっと根が弱くなったところからかえって地滑りとか起こしたりするからな。木も適当に間引いてやるのが必要なんだよ。とりあえず今年は土嚢とかで様子を見るしかないだろ」

「やはりそうですか」


 今のところはそれぐらいしか対策のしようがないようだ。やっぱ適宜木は切らないとだめなんだな。過ぎたるはなんとやらってやつだろう。


「最近変わったことはありませんか?」

「いや? ないな。なんかあったのか?」


 聞き返されたのでハクビシンを見かけたことを話した。


「ああー、いるかもな。明日にでも屋根裏を確認しておくよ。教えてくれてありがとうな」


 かえって礼を言われてしまった。


「ところででかいオウムのヒナを飼ってるって聞いたんだが、どれぐらいの大きさなんだ?」


 おじさんが興味津々で聞いてきた。興味を持つなんて意外だと思った。


「これぐらい、ですかね」


 両手で大きさを表してみた。


「でっけえな……それ、普通のオウムなのか?」

「普通のではないそうです。よかったら今度連れてきますよ」

「それは楽しみだな」


 そう言っておじさんは笑った。


「で、それはどこで買ったんだ?」

「いえ、買ったんじゃないんです」


 俺は頭を掻いた。そして、ミーを飼うことになった経緯をおじさんに話した。おじさんはだんだん険しい顔になった。


「そうか……全くとんでもねえ奴がいたもんだな……だが」


 おじさんはそこまで言って少し俯かせた顔を上げた。


「山越君に飼ってもらえてそのオウムは幸せだな」

「それならいいんですけどね」


 俺は苦笑した。


「伸び伸びと暮らさせてやってるんだろ?」

「あんまりうるさいから普段籠からは出してますけど、俺がいない時は玄関から出ないように言ってますよ」

「それで言うことを聞くんだからすごいじゃねえか。やっぱ頭のいい鳥はいいな」

「はい、助かってます」


 そうだ。今の関係はミーの頭がいいから成り立っていると言える。なんだか知らないがミーは俺をしっかり飼主と理解しているみたいだ。もしかしたらばあちゃんがしっかり教え込んでいるのかもしれないな。


「そうやって飼ってる鳥にもよ、きちんと家族扱いしてるからいいんだろうな。俺にゃあそんな扱いはできねえから飼えねえんだけどよ」

「そうなんですか?」

「犬とか飼っても毎日散歩なんか行けねえからなぁ」


 はっとした。そういえばうちのタロウの散歩はどうなっているんだ? ばあちゃんもじじいも散歩に連れていっている形跡がないんだが。これは帰宅してから聞こうと思った。なんか当たり前に山の手入れに付いてきてくれるから、勝手にそういうもんだと思い込んでいた。俺はバカか。

 おじさんはあまり自分がかつてしていた仕事などの話はしなかった。退職したらただの無職親父だと笑った。


「今は畑の手入れと家の手入れだけで精いっぱいなんだよ。だから山の手入れは手伝ってくれるとありがたい」

「はい、うちの山もあるので小まめにとは言えませんが、できるだけ手入れはしたいと思っています」

「ありがたいけど無理はすんなよ? 平日も肉体労働みたいじゃねえか」

「あー、まぁ……運ぶっつーより解体と修理が主なんですけどね」

「仕事、楽しいか?」

「ええ、嫌いじゃないですよ」

「ならいい」


 お互い多くは語らなかったが、それなりに話ができてよかったと思った。一番怖いのは全然話もしないで勝手にお互いをこんな奴だと決めつけているような関係だ。話せばわかるとは言わないが、ある程度お互い見知っている方が安心はできる。

 ついつい漬物をポリポリ食べてしまう。おばさんが漬けているようだ。家によって漬物も味が微妙に違うから面白い。同じ糠漬けのはずなんだけどな。

 そうしていたら女性たちが戻ってきた。


「山越さん、見てください! 本山さん、もっとかわいくなりましたよ~!」


 桂木さんがどうだ! と言うように本山さんを俺の前に連れてきた。

 うん、ちょっと化粧が濃くなったように見えるがかわいいと思った。髪型もまた変わっている。髪の両サイドを少しつまんで出してあり、それが少しカールしている。後ろはお団子状になっていて本山さんに似合っていた。


「うん、かわいい」


 おかげでとうとう口からこぼれてしまった。

 本山さんがへなへなとその場に座り込み、また真っ赤になった。

 もうこれ、どうしたらいいんだろうなと思った。

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