34.二軒隣のおばさんの飯はとてもうまい
「いらっしゃい。いっぱい食べていってね~」
湯本のおばさんが用意してくれた料理はとにかく品数が多かった。野菜サラダにサラダチキンのスライスが乗っているもの、さやいんげんの細切りとなめたけをあえたもの、小松菜と油揚げの煮浸し、回鍋肉、空心菜のニンニク炒め、角煮と煮卵があめ色になっている煮物、新じゃがの煮っころがしなど座卓がいっぱいになってしまうほどだった。
「桑野さんのお孫さんがいらっしゃったなんて嬉しいわ。遠慮なく食べていってちょうだい」
おばさんはにこにこしながら手料理を振舞ってくれた。
「ありがとうございます、遠慮なくいただきます」
「午前中は桑野さんのところの山の手入れをしていたのでぺこぺこです」
台所仕事を少し手伝ってきた本山さんがにこにこしながら俺の隣に腰掛けた。
「作業の後の飯はうまいよな。どんどん食ってくれ。俺が作ったわけじゃねえけど」
おじさんはそう言ってガハハと笑った。
角煮の味は豚とはどこか違っているように感じた。
「すみません、この角煮って……」
「あら、気づいちゃった? イノシシの角煮なのよ~。もうねえ、気が付くとシシ肉が持ち込まれるものだからこういう時にでも料理しないとなくならないの~」
おばさんが嬉しそうに言う。
「確かに、生き物でも飼ってないとたいへんかもしれません~」
桂木さんがにこにこしながら言った。
「タツキさんはよく食べるのよね?」
「そうですね。一度にいっぱい食べて、何日か食べないかんじですけどよく食べますよ~」
一度にいっぱい食べて、何日か食べない? と内心首を傾げた。それは蛇かなんかだろうか。
「あ、桂木さんのところはねコモドドラゴンだっけ? そういうのを飼ってるのよ~」
おばさんが俺の疑問に答えてくれた。
「多分コモドドラゴンの大きいのじゃないかと私も思ってるんですけどね~。頼りになるからまぁいいかなって」
「そうなんですか」
確かワニみたいな形状のでっかいトカゲだったっけ。頼りになるのは間違いないと思った。って、コモドドラゴンってそもそも飼えるものなのか?
「桂木さんは村の北側に川があるでしょう? あの川の向こうの山に住まわれているんですよ」
本山さんが説明してくれた。山暮らしなら頼りになるペットは必要だろうと俺は頷いた。
「そういえば山越君も何か飼ってると聞いたぞ」
「はい。俺が飼ってるのはでかいオウムのヒナです。じいさんちには去年からでっかい犬がいます」
「ああ、そういえばそんなこと聞いたな。確か春頃にイノシシ捕まえてただろ」
「そうみたいですね。俺はその時いなかったのでまた聞きですが」
「そうだったのか。それじゃしょうがねえな」
何がしょうがないのかわからないが、もしかしたらそのことで何かトラブルでもあったのだろうか。
「……湯本さんの山とうちの山の土地が隣接しているので、何かあったら言ってください。本当はもっと早く挨拶にこないといけなかったんですが……」
そう言うとおじさんとおばさんはきょとんとした顔をした。
「山越君は桑野さんの孫なんだよな?」
「はい」
「つい最近まで同居とかしてなかったんだろ?」
「はい」
「じゃあ知らねえのは当たり前だし、そんなに気にするこたあねえよ。これから仲良くしてくれりゃあいい」
「……はい」
なんだか釈然としなかったが、こういう人たちのようだ。じゃああの苦虫を噛みつぶしたようなじじいの反応はなんだったんだろうか。他にもなにかあるのかもしれないが、それをここで尋ねるのは憚られた。
「結子ちゃん、離しちゃだめよ」
「えっ!? いえ、その、まだそんな……」
おばさんが本山さんに向き直ってわけがわからないことを言う。本山さんはみるみるうちに赤くなった。桂木さんがそんな本山さんの様子を見てうんうんと頷いた。
「いいですねぇ……」
「あら、実弥子ちゃんだってかわいいんだから」
「私のことはいいんですよー」
「またそんなこと言って!」
「えへへ~」
桂木さんは一見明るくてあか抜けたかんじの娘さんに見えたが、何かはありそうだった。もしかしたら叶わない恋でもしてるとか? とか勝手なことを思った。
最後にごはんとみそ汁をいただき腹がパンパンになるまでいただいてしまった。うまい飯はついつい食べてしまうのが自分の悪いところだ。満腹まで食べるのはあまり身体によくないはずなんだがな。
「すっごくおいしかったです~」
本山さんがにこにこしながら言うと、
「また一緒にいらっしゃいね」
おばさんにそう言われた。また本山さんが赤くなった。
あまりにもわかりやすくてどうしてやろうかと思う。お互いに何も言ってないんだからスルーでいいんだろうな。周りからはもう付き合っているものと思われているみたいだが、俺はけじめが必要だと考える方なのでそこらへんは一蹴している。
「食休みしたら始めましょうか~。結子さん、今日のお洋服、かわいいですよ。この調子でいきましょうね!」
桂木さんに言われて、本山さんは更に赤くなった。もう耳まで赤い。
「結子ちゃんたらなんてわかりやすいの!」
おばさんが笑いながら桂木さんと本山さんを促して席を立った。お互いまた後で、と目配せした。
ーーーーー
おばさんのごはん~。桂木さん登場~。
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