33.隣の隣へ挨拶に

 翌日も朝から本山さんに来てもらい、山の手入れを手伝ってもらった。

 幸いうちの家も、黒瀬さん宅も屋根裏に何か住みついている様子はなかったようだ。それでも定期的に確認はすると言っていた。

「お騒がせしてすみません」と謝ったら、「こういう気づきは大事だからありがとうね」と礼を言われてしまった。


「ハクビシンの子どもがいたってことは、どっかから流れてきたのかもしれないね。ハクビシンは増えるのが早いから困るんだよね」


 黒瀬さんが苦笑して言っていた。


「罠とか設置した方がいいかもしれないな」

「罠、ですか」


 じじいが確か罠猟の資格は持っていると言っていた。


「うちのじいさんにちょっと聞いてみます」

「そういえば桑野さんは狩猟免許を持ってたっけ? 罠を見回ったりはこちらでするから設置してもらえると助かるかな」


 じじいは気前よく引き受けた。罠を設置しても見回りがたいへんだから近年は設置していなかったらしい。季節がどうのと言っていた気がするが、追及しても怒らせるだけなので聞かなかったことにした。

 そんなことを山の手入れをしながら本山さんに愚痴ったら、彼女にクスクスと笑われてしまった。


「お年寄りは見栄を張りたいんですよね。でも狩猟免許を持っているなんてすごいです。うちの父や兄もそういうのを取ってくれればとは思うんですけど……父は腰が弱くて」

「ああ、年取るといろいろ出てくるよな」


 ばあちゃんだっていつまでも元気とは限らないってことぐらいわかっている。

 うちの母さんは二十歳で結婚して二十一で俺を産んだ。だからまだ若い。ばあちゃんは二十五歳でうちの母さんを産んで、三十歳で叔母を産んだと聞いた。そしたらもう八十歳じゃないか。じじいはそれより上だからと考えたら眩暈がしてきた。畑仕事とかしてるからまだ元気で暮らしているが、いつ倒れたっておかしくないわけで。だからって俺が家で介護とかはしないけどな。そうなったら施設とかに頼むことになるだろう。確かこの辺りの施設はそんなに高くなかったはずだ。株なぁ、株。本腰入れてしっかり見るか。

 タロウは周囲を見回るように動き、ミーは地面をしきりにつっついている。そんなにつっついてもハクビシンは出てこないと思うぞ。

 汗を拭き拭き戻り、タロウとミーは家に戻した。さすがに挨拶に行くのに動物を連れていくのはないだろう。


「キアーアー!」


 俺が再び出かけようとしているのがわかったのか、ミーは怒って土間まで下りてきた。


「ミー、ダメだろ。ばあちゃんやタロウを困らせるなら籠に戻すぞ」

「キーアー!」


 ミーはそこで立ち止まった。でも抗議は止めない構えだった。


「いい子にしてろよ」


 羽を撫でようとしたらつっつかれた。よほど怒っているらしい。俺は苦笑した。


「また後でな~」


 ミーは頭がいいから、怒っていても玄関から出てきたりはしなかった。


「ミーちゃんて、本当に山越さんのこと好きなんですね……」


 シャワーを浴びて、本山さんが出てきた。さすがに山の手入れをしていたら制汗剤程度では汗を抑えることはできなかった。六月の蒸し暑さというのもある。そんなわけで、せっかく湯本さんちに顔を出すならシャワーぐらい浴びた方がいいと勧めたのだ。俺は汗を拭いて塗るもん塗って着替えた後である。ポロシャツにチノパン姿だ。作業着以外を着るとなんか落ち着かない。

 本山さんは水色のシャツにクリーム色のフレアースカートを履いて出てきた。清楚と言いたくなるような恰好だった。

 こういうのもいいな。


「……微笑ましくていいわねぇ」


 ばあちゃんが何やら呟いた。


「ミーちゃん、山越さんを少しの間貸してくださいな」

「キーアァー」


 本山さんが笑顔でミーに声をかけた。ミーはまるでしょうがないとでも言うように玄関のガラス戸の前で背を向け、トテトテとタロウのところへ行った。


「じゃあ行ってくる。湯本さんになんか伝言あるか?」

「いつもすみませんって謝っておいてちょうだい」

「んなこと言わんでいい!」


 じじいの怒ったような声が届いたが、俺は本山さんと肩を竦めた。

 一応手土産も用意してある。昨日N町方面にある和菓子屋で饅頭と大福を買った。村外れにあるけど商売になるのだろうかと少し疑問ではある。でも少なくとも一年以上はあそこにあると聞いたからどうにか採算は取れているのだろう。(正確な年数は知らない)

 せっかく作業着姿じゃないのに軽トラってのがしまらないなと思ったが、本山さんは気にしないみたいなのでいいことにした。

 つーかしゃれた車なんか乗ってても、この辺りの冬は越えられないし。(俺の運転では不安だってことだ)

 二軒隣だからすぐに着いた。

 少し緊張する。

 軽トラが停まった音が聞こえたのか、俺たちが軽トラを下りた時玄関のガラス戸がガラガラと開いた。


「あ、結子さん。いらっしゃい」


 出てきたのはこの間見かけた茶髪の若い娘だった。


「こんにちは、桂木さん。こちらはお世話になっている山越さんです」

「こんにちは」

「初めまして、山越といいます」


 ペコリペコリと離れたところから頭を下げあった。


「どうぞ上がってください。って私の家ではないんですけど」


 桂木さんという茶髪のあか抜けた娘はそう言って、俺たちを中へ促した。


「お邪魔します」


 本山さんが先導してくれたが、思ったよりも自分が緊張しているのがわかって困った。


「おー、来たか。上がれ上がれ。そっちが桑野さんとこのお孫さんか?」

「はい、山越と言います。よろしくお願いします」

「かしこまらなくていいよ。もう飯の準備はできてんだ、まずは食いながら話でもしようぜ」


 そう言う湯本さんはなんともフレンドリーなおじさんだった。なんで今まで挨拶に来なかったのかと、俺は尻込みしていた気持ちを恥ずかしく思ったのだった。


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おっちゃん登場(謎

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