32.初めての狩り?

 週末もまた山の手入れを手伝ってもらった。

 もう六月である。すでにペットボトルの水を凍らせて持ち歩いているような状態だ。それでも山に入れば少しひんやりする。土とか、日の光を遮っている葉っぱとかそういうもののおかげなんだろうか。山も随分歩きやすくなったとは思っている。


「……落ちない化粧品を教えてもらってよかった……」


 しみじみと本山さんが呟いたのは聞かなかったフリをした。

 うん、汗でマスカラとか落ちたらまんまお化けだもんな。今日は本山さんは目の周りは化粧していないから大丈夫だろう。

 女性は日焼け止めだのなんだのとたいへんだ。俺も一応男性用化粧水ぐらいは使っている。三十代も半ばになってくるとさすがに肌の調子がな……って俺は誰に向かって言ってるんだ。

 ミーとタロウは好きなように動いている。こんなに暑いのに楽しそうだ。それでもタロウは俺たちの周囲を見回し、何もないことを確認しているようだった。頼もしいことである。


「キーヤアアー!」


 突然ミーが大きな声で鳴いたかと思ったら、何やらバタバタと捕まえた。


「えっ?」

「ええっ?」


 キュキュー! と鳴いていたのは一見ネズミっぽかったがよく見ると違った。


「あれ? これ、ハクビシンじゃありません?」

「え? マジで?」


 小さく見えたのはハクビシンの幼生であったようだ。ってことは近くにハクビシンの巣があるのか? それか誰かの家の住み着いてしまっているのだろうか。


「ミー、ちょっと捕まえておいてくれ!」

「キーアー!」


 ミーが捕まえているのをそのまま捕まえて三枚ぐらい重ねたビニール袋に入れる。そして口を持った。

 ここは黒瀬さんのお宅に近い位置だ。山に住み着いているだけならいいが、黒瀬さんのお宅にいたらたいへんである。


「本山さん、ごめん。一緒に来てもらっていいか?」

「はい!」


 一度山を下り(といっても30mぐらいだ。今日は麓の方で作業していた)、うちに声をかけ、黒瀬さんちにも声をかけに行った。


「え? 山にハクビシンがいたのかい? じゃあ……屋根裏とか確認した方がいいね」


 黒瀬さん夫妻は在宅だった。


「ありがとう、教えてくれて」

「いえ、うちの山で出たものですから」

「野生動物なんだからしょうがないよ。でも畑の被害が増えるようなら相談させてもらってもいいかい?」

「はい、その時は遠慮なく声をかけてもらえると助かります」


 黒瀬さんのお宅には迷惑をかけ続けてきたはずだ。

 家に戻ると庭でじじいがさっそくハクビシンをさばいていた。そんなこともできたんだな?


「じいちゃん、獣をさばくこともできたのか」

「ああ、一応これでも罠猟の資格は持っとるんだぞ」


 じじいが得意げに言った。


「そうだったのか!」


 それは知らなかった。


「……あれ? でも資格があってもやってなかったんじゃ?」

「バカモン! 猟期以外は下手なことはしないもんだ」

「ああ、猟期って冬だっけ」


 そういえばそんなようなことを聞いた気がする。俺は狩猟免許は取ろうと思ったこともないから知らないけどな。


「その肉どうするんだ?」

「何日か冷凍してからタロウとミーにやればいいだろう」

「ああ、うん」


 まぁ小さいしな。


「確かに、この時期だと味も微妙かもしれないですね」


 本山さんが苦笑した。食べるのか。

 家に戻るとミーにつつかれた。しきりに「キーアー! キーアー!」と鳴く。もしかして怒っているのだろうか。


「ああ、獲物を取り上げた形になっちまったか……。ミー、あれは何日かしたら出してやるからな。とりあえず……ばあちゃんなんか肉っぽいものないかー?」

「ちくわならあるよ」

「ちくわなんて食うのか?」


 少し切ってもらってミーにあげたらばくばく食べた。タロウにも一本あげたら食べた。でも塩分あるんだよな? あんまりあげちゃいけないかもしれない。

 なんだか今日は気がそがれてしまったので、そのまま昼食を食べて庭の草むしりをしていた。本山さんにはばあちゃんの話し相手をしててくれればいいと言ったんだが、一緒に草むしりを手伝ってくれた。


「屋根裏の確認も頼むぞー」

「わかった、後でやる」


 確かにうちもハクビシンが住みついてたりしたらたいへんだしな。


「うちも聞いてみた方がいいですね。ハクビシンじゃなくても、タヌキが住みついてたなんて話もありますから」

「いろいろあるもんだな……」

「意外とたいへんですよね」


 そう言いながらも本山さんはとても楽しそうだった。

 楽しいのならばいいと思う。しっかし、屋根裏とかに住みついてたらどうすればいいんだろうな?

 気が付くと、伸びまくる雑草を抜いて抜いて抜きまくってたらしくまた汗だくになった。


「海人、結子ちゃん、お疲れ様~」


 ばあちゃんが外のベンチまで麦茶を持ってきてくれた。タロウとミーは畑の回りで好きに遊んでいる。ミーはまた獲物を探しているように見えた。それにしても相変わらず飛ばない鳥である。もしかしたら身体が重くて飛べなくなっているのではあるまいな?


「6月でこれじゃ、先が思いやられるな……」

「夏のさなかになんか作業はしないものよ。作業するとしたら朝方と夕方以降だね」


 ばあちゃんに笑われた。そういえば学校も夏は暑くて勉強にならないから休みなんだもんな。

 なんで大人は暑くてもなんでも働くんだろうかなんて思った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る