31.しゃべるオウムを見にきた
「寄るってわかってたらもう少しちゃんとした格好をしてきたんですけど……」
「気にしなくていいよ」
そのままでもかわいいし、とは口に出せなかった。言ったら一気にそういう雰囲気になってしまいそうな気がしたのだ。……もう俺はヘタレでけっこうです。
本山さんの服は以前に比べて明るめのものが増えたと思う。これは季節的なものかもしれないが、俺は明るい色が好きだから余計に好ましく見えているのかもしれない。
「結子ちゃん、いらっしゃい」
ばあちゃんは上機嫌だった。玄関にはタロウとその上にミーが乗っかって溶けていた。お前いいかげん態度でかすぎだろ。
「お邪魔します。押しかけちゃってすみません」
「いいのよ~。いつでも来てちょうだい」
「ありがとうございます。あれ? ミーちゃんそんなところにいたの?」
まさか寝そべっているタロウの上にいるとは誰も思うまい。
「キーアー」
ミーが甘えた声を出した。本山さんがかわいがってくれる人だと知っているのだ。
手を洗ってから、本山さんはミーの羽を優しく撫でた。
「おしゃべりするようになったって聞いたわ。ミーちゃん」
「ミー、チャン!」
高い声で、どうだとばかりにミーが声を発した。
「すごい! 本当にしゃべるんですね!」
オウムがしゃべるなんてありふれたことだとは思うが、目の前で見ると見ないとでは実感が違うのだろう。
「ミーちゃん、しゃべるのすごいね~」
本山さんはにこにこしてミーを褒めてから、ばあちゃんの手伝いをする為に台所へ移動した。お客さんなんだから手伝わせることないだろうと思うんだが、そういうものではないらしい。
ばあちゃんのエプロンを借りたのか、本山さんがエプロン姿で漬物とお茶を持ってきた。
「本山さんがこんなことすることないのに」
「え? お茶をもらってきただけですよ」
そう言って本山さんは一口飲むとまた台所へ戻った。嫌がっていないみたいだからいいんだが、少しでも嫌がるそぶりを見せたらやめさせようと思っている。俺は別に台所仕事とか家事が女性の仕事だとは思っていない。
ミーがタロウから下りて居間に上がってきた。
「ミー、足拭くぞ」
雑巾でミーの足を拭いてやった。
「キアーアー」
ミーはマイペースにじいちゃんの側に寄ったり、きょろきょろと周りを見回したりした。
「ああ、ばあちゃんと本山さんなら台所だからここで待ってような」
かわいがってくれる人を探すのがなんかかわいいんだよな。
台所の方からいい匂いが漂ってきた。今日の夕飯はなんだろうか。
肉じゃが、きんぴらごぼう、肉野菜炒め、焼き魚、小松菜のお浸しが出てきた。
「こんなものでごめんなさいね」
「いえいえ、ごちそうですよ」
本山さんは変わらずにこにこしている。生の小松菜と豚肉を切って軽く焼いたものが入った皿をミーに出す。タロウには鶏肉のブロックを出した。うちのペットたちはそれなりに金がかかる。
「いただきます」
手を合わせていただいた。肉野菜炒めは本山さんが作ってくれたらしい。肉が大きくて食べ応えがあった。
「ごめんなさい、もう少し小さく切ればよかったですね」
本山さんが小さくなった。
「いや? 俺はこれぐらいの方がいいけど?」
「海人向きの料理よね。海人は野菜もよく食べてくれるから嬉しいわ」
「小学生かよ」
ばあちゃんに言われて苦笑した。ばあちゃんにとってしてみればいつまで経っても小さい孫なんだろうけどさ。ミーもタロウもキレイに平らげた。ミーはトテトテと少し離れた場所まで行くと毛づくろいを始めた。そういう気遣いができるってのも頭がいいと思う。
「毛づくろいしてる姿ってかわいいですよね。わざわざ離れてやってるし……ミーちゃん、かわいい」
「ミー、チャン、カワイー」
ミーが本山さんの言葉に返事? をした。
「ミーちゃん、結子ちゃんは?」
ばあちゃんがミーに声をかけた。
「ユーコ、チャン」
「海人は?」
「カイトー、ヘタレー」
「おい……」
なんで俺の名前の後にヘタレがつくんだ。本山さんがぷっと噴き出した。
「ヘ、ヘタレって……」
「ヘタレはヘタレよ~」
ばあちゃんが答える。
「ヘタレー」
ミーもやめろ。
「なんでそんな言葉を教えるんだかなぁ……」
「そうですね……ミーちゃん、山越さんはカッコいいですよ」
さらりと言われてどう返したらいいのかわからなかった。
「ヘタレー」
ヘタレが余程気に入ったのか、ミーはそれからもいちいち言っていた。いいかげんいじめるぞ、コラ。
つってもわかってて言ってるわけじゃないんだよな。
「カッコいい、ですよ。ミーちゃん」
「ミー、チャン、カッコイ!」
「それじゃ囲いになっちゃう~」
本山さんはコロコロとよく笑った。夕飯は全部キレイに食べた。本山さんは洗い物までしてくれてからエプロンを取った。
「今日はありがとうございました。そろそろ帰ります」
「ああ、わかった」
「ちゃんと送ってくるのよ~」
ばあちゃんが余計なことを言う。
「三軒隣だろーが。すぐ戻ってくるよ」
辺りはもうすっかり暗い。田舎の外灯はなんでだか知らないけど暗いから気をつける必要がある。
「山越さん、今日は誘っていただいてありがとうございました」
「かえって悪いことしたな」
本山さんは首を傾げた。
「悪いこと?」
「ばあちゃんの手伝いをさせちまっただろ?」
「ああ、好きでやってるんだからいいんです。山越さんって気にしいですよね。……そんなところが」
最後は声が小さくて聞き取れなかった。
「また明日!」
彼女が家のガラス戸を開けて、中に入るまで見送った。人の少ない田舎だから犯罪とかそうそう起こることではないだろうが、外灯が少ない夜の闇が俺を少し不安にさせた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます