30.二か月が経った

「今週末も結子ちゃんが山の手入れに来てくれるのかい?」


 ばあちゃんに聞かれて頷いた。ミーはトイレの場所も完璧なので家の中をかなり自由に動き回っている。時折そそうをしてしまうと教えてくれるそうだ。優秀である。


「……海人は、結子ちゃんの事情とかは聞いたの?」


 首を振った。


「なんで聞かないの」

「……あっちが話そうとしないのに聞きだしたっていいことないだろ」


 ばあちゃんはため息をついた。


「バカねぇ……結子ちゃんが話し出すのを待ってたらお互い白髪頭になっちゃうわよ」


 ばあちゃんが言いたいことはわかる。


「海人は結子ちゃんのこと好きでしょう?」


 お茶を噴きそうになった。


「なっ……!」

「あたしの目はごまかせないわよ?」


 俺もため息をついた。


「俺が……本山さんを好きだからってなんだよ。お互い役所のバイトだぞ。未来なんかねえじゃねえか」

「そんなことないでしょ? ちゃんと幸子(ゆきこ)から聞いてるわよ」


 まぁ株でそれなりに儲けていることは母さんにも言ってある。母さんは、だったらおごりなさいよとか言う人ではない。ちゃんと将来の為に貯めておきなさいよとは言われていた。


「それだけじゃ安定してるとはいえねえだろ」

「……どうせ幸子も夏子もこの家に帰ってこないわ」

「母さんたちと話したのか?」

「バカね、話さなくたってわかるわよ。この辺りは跡取りがいる方が稀なのよ」


 夏子というのは叔母だ。ばあちゃんはそう言って寂しそうに笑った。


「海人に苦労をかける気はないんだけどねぇ。できれば海人にはここで暮らしてほしいって思うんだわ」

「……どうせミーがいるから俺はここを離れられねえよ」

「ミーちゃんて、そんなに長生きするの?」

「オウムはでかけりゃでかい程長生きするらしいぞ。飼育下だと少なくとも五十年ぐらいは生きるらしいし」

「あら……じゃあ本当に海人はここにいるしかないのねぇ」


 ばあちゃんはコロコロと笑った。


「そういうことだ」


 すでに覚悟は決めている。ただそれに、本山さんを巻き込んでいいのかどうかわからないから困っているのだ。


「そうなると、後の問題は京子ちゃんちね。京子ちゃんは娘は嫁に行ったら帰ってこないものだと思っているからいいけど、あそこの息子がねぇ……」

「……そういうことは俺が自分でなんとかするよ。つーかさ、頼むから勝手にくっつけようとしないでくれ」


 不機嫌そうな顔をされたってこっちにもいろいろあるのだ。


「やっぱり海人はヘタレなのねぇ」


 うーるーせーえーなー。


「ヘタレー?」

「うっせー」


 と言ってから、聞き慣れない声だなと思った。なんか高い。


「カイトー、ヘタレー」

「……え?」

「バーバ」

「ん?」

「ジージ」


 この声は?

 声がした方が振り向くと、ミーがいた。


「カイトー」

「お前か!」

「ヘタレー?」

「だからどうしてそういう言葉を覚えるんだ!」


 ばあちゃんとじじいが腹を抱えて笑い出した。ミーがコキャッと首を傾げた。

 そうだ、オウムはしゃべるんだった。だからってヘタレはないだろうヘタレは。どんだけばあちゃんが俺のことヘタレって言い続けたんだよっ。


「いつのまに……」

「はー、おかしい……おなかが痛くなりそうだよ。だいたい……一週間前ぐらいからかねぇ、”カイト”とは言ってたわよ」

「ヘタレとかオウムに教えないでくれよ……」

「カイトー、ヘタレー?」

「うるせえ!」


 ミーに腕をつつかれた。俺が怒ってるんだお前がつつくんじゃねえ。

 それから苦労して何がしゃべれるのか聞いてみると、

「オハヨー」「バーバ」「ジージ」「カイト」「ミー」「タロー」「ユーコチャン」「カワイー」「ヘタレ」

 が言えるようだった。だから「ヘタレ」は余計だろう。


「結子ちゃんとか言えるのか」

「ユーコ、チャン!」


 一応真ん中で区切るらしい。


「ミーはかわいいな」

「ミー、カワイー」

「うんうん」


 脱力した。そういえばオウムって何語ぐらい覚えるんだろうか。そのうち受け答えとかもできるようになんのかな。なんだかまた楽しみができて嬉しかった。



「えっ? ミーちゃんしゃべるようになったんですか?」


 翌日本山さんに教えたら目をキラキラさせて喜ばれた。


「うわー、いいなー。本当にオウムって頭いいんですね! ミーちゃんが特に頭いいんでしょうけど」


 こういうことを本気で思ってて言ってるのがいいと思う。お世辞ではないのはなんとなくわかった。


「まぁ、世界一頭がいいオウムらしいから」

「そういうことじゃないですよ! ミーちゃんだから頭がいいんです。いいなー」

「”ユーコチャン”とかも言ってた」

「えええ?」


 ばあちゃんがじじいに話しているのを聞いて覚えたんだろう。だからカイトとも言うし、ミーとも言う。ヘタレは余計だが!(大事なことなので何度でも言う)

 本山さんは難しい顔をした。


「それは、聞いてみたいです!」

「今日帰りに寄ってく?」

「いいんですか?」

「ああ、昼に聞いとく」


 つーわけで昼に家に電話したら、本山さんには夕飯も食べていくように言いなさいと厳命された。その方がいいだろうなと俺も思ったので逆らう気はない。本山さんに、ばあちゃんが夕飯も食べてけってさと伝えたら恐縮されたが、来てもらうことにはなった。

 内心ほっとしたことは内緒だ。

 あ、でもミーのヘタレ発言はどうしたらいいんだろうな?

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