29.女性は労わるもの
……そんなこんなで約二か月が経った。
もう六月も目の前だ。嫁はまだかと毎日言うじじいがうざい。
あれから、ミーがばあちゃんとじいちゃんをつついたりしないことがわかり、ほぼ放し飼い状態になった。まだあまり飛ばないが、一緒に外へ出ると少し飛んだりするようになった。つっても滑空ってかんじだけどな。
毎日嫁だなんだと言われているから習慣のようになってしまって意識はしていないが、ふと見た本山さんの表情とか、髪をかき上げる仕草にドキッとすることがある。俺は童貞かと内心ため息をついた。
山の手入れの手伝いはしてもらっている。本山さんの提案で、土日合わせて五千円になった。それじゃ少ないだろうと言ったんだが、
「私、家にいたくないからこうやって連れ出してもらえるの、ありがたいんです」
と笑顔で言われてしまったら何も言えなかった。
来てはもらっても山の手入れはお断りする時もある。どんな時だって? あーあれだ。月経の時だよ。女性の身体は労わらないとな。
本山さんは大丈夫だと言うんだが、俺がだめなのだ。
「うちの母さんがさ、生理でいつもうんうん唸ってた人なんだ。だから生理中の女性には何もさせちゃいけないって刷り込まれてるんだよ。家にいたくないならばあちゃんの話し相手にでもなってくれると助かる」
「そんな……でしたらお金はいただきませんから。でも送迎はしてもらえます?」
申し訳なさそうな上目遣いをされて襲いそうになった。なんつーか、いちいちかわいいんだよ! ああそうですよ惚れましたよ文句あっか。
生理中はうちに来てもらってもばあちゃんとなんかしてもらっている。そんな時はミーも外に出ないで家でばあちゃんたちの邪魔をしている。そういえばミーってメスなのか? 聞いたことないけど。
タロウに手伝ってもらって山の手入れをして帰ってきたら、本山さんがごはん作って待ってるとかなんなんだ。俺へのご褒美か。
でもなって思う。
本山さんはなんらかの事情があって実家へ帰ってきてもう何年か経っている。もしかしたら本当はもっと遠くへ行きたいと思っているかもしれない。
俺はミーがいるからずっとここにいるつもりだ。どうせ母さんも叔母さんもここへは帰ってこない。俺さえよければこの家を継いでほしいとか言うぐらいだ。ばあちゃんとじいちゃんに話さないでそんなことを言っているから、まずは話し合っておいてくれと言った。そういう話はおそらく早くても夏になるだろう。
俺自身が根無し草なのに本山さんに一緒になってくれなんて言えない。
ヘタレだって? 男にはいろいろあんだよ。
そろそろ六月だな~と思ってからハッとした。
まだ梅雨には入らないが、梅雨対策も必須じゃないか。
家のことはばあちゃんとじじいに任せるが、山の梅雨対策ってどうしたらいいんだろうか。さすがに地すべりとかは起こさないと思うが、やはり土嚢とかは積み上げた方がいいのかもしれない。お隣にも迷惑がかかったら困るしな。
そこまで考えて、やっぱり隣の隣に挨拶に行くべきだろうと思った。
今まではじじいが渋っていたのと、まだそっちまで手が回らなかったから挨拶にも行かなかったが、いいかげん顔出しはしといた方がよさそうだ。つってもじじいが頑なに行こうとしないのにばあちゃんと俺が顔を出すのもな……。
ということを朝本山さんに聞いたら、
「湯本さんてそういうこと全然気にされるお宅ではないので、今度一緒に行きませんか?」
と提案された。
「え? いいのか?」
「はい。私、今週末は真知子さんと桂木さんに会うので湯本さんちに行くんです。その時に一緒に行って挨拶をすればいいと思いますよ」
真知子さんというのは湯本さんの奥さんらしい。
「あ、そうなんだ」
「約束は日曜日の午後なので、土日は山の手入れ、手伝わせてくださいね」
「ああ、よろしく」
桂木さんが誰だか知らないが、もしかしたら前に見かけた女性かもしれないと当たりをつけた。顔は見なかったがこの辺りに住んでる女性っぽくはないなと思った記憶がある。(なんか失礼)
「じゃあ日曜日はばあちゃんの話し相手になっていてくれればいいよ。作業着で向かうのもアレだろ?」
「えっ? そ、そんなことは気にしなくてもいいですから……」
俺の記憶が正しければ、以前湯本さんちに送った翌日から髪型とか化粧が変わったのだ。きっとあの桂木さんから教わったに違いない。だったら服装も整えるべきだと思った。
「じゃあせめて着替えは持って行った方がいい。その方がイメージがつきやすいだろ?」
「そう、ですね……私、本当にそういうのダメだなぁ……」
「村に住んでたらおしゃれとかする必要がないもんな。俺もずっと作業着だし」
村っつーか、基本は職場との往復だし、土日は山の手入れしてるしで出かけないことが問題だ。本山さんとはとても長い時間一緒に過ごしていると思うが、山の手入れはデートじゃないしな。
「そうですね……」
「そういえばS町にショッピングモールがあるって聞いたことはあるけど、行ったことある?」
「いえ、ないんです」
もうできたのは何年か前のはずだ。去年ではなかったと思う。一昨年か? それともその前だったか。特に欲しいものもないから行ってないが、誰か道連れがいるなら行ってもいいだろう。
「今度行く?」
「え?」
「ショッピングモール。全然着ないけど、さすがに私服も流行遅れだし」
「私、でいいんですか?」
「本山さんがいいな」
本山さんは耳まで真っ赤になった。やっぱそういうことなんだろうか。
「じゃあ今度、誘ってください……」
「うん」
そういえばデートとかもしてなかった。
もし彼女がよければ、とか勝手に思ったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます