28.理由付けは後からくる

 約一月が経ったので、獣医の木本先生に連絡をした。


「ああ、ミヤマオウムの! いつ連れてきてくれるのかな?」


 木本先生は電話の向こうでもテンション高めだった。


「それでなんですけど……」


 今K村の祖父母の家に厄介になっていることと、その祖父母の飼っているタロウを診てくれるついでにうちのオウムも診てもらうことができるかどうか尋ねた。


「あー、桑野さんのお孫さんだったんだねー。確かに住所が一緒だったね。これは失礼」


 カルテを別々に作ったのと、苗字も違うからリンクしなかったようだ。気持ちはわかる。


「いいよ。桑野さんの都合のいい日を教えてくれれば往診する。ちょっと時間までは……その日になってみないとわからないけどね」

「ありがとうございます。お願いします」


 ということでミーも無事往診してもらえることになった。わざわざこっちに連れてきて、終業時刻まで預けておくのは気が進まなかったのだ。また病院で待つなんて今更ミーにはできそうもない。

 金曜日に来てくれるというのでそれで頼み、俺はいつも通り本山さんと共に出勤した。


「ミーちゃんに定期健診ですか?」

「うん。絶滅危惧種だし、まだヒナだから様子を見せてくれって言われてる。なんともないとは思うけどな」

「そうですね。ミーちゃん、すっごく元気ですよね」


 本山さんはあの日いろいろな髪型も教えてもらったらしく、今日はハーフアップだった。実はハーフアップって好きなんだよな。言わないけど。ヘタレな自覚はある。だが近所だし、職場も同じだしで、何かあった時言い訳がきかない。本山さんは日に日にキレイになっているように見えるから、もしかしたら俺がああでもないこうでもないと考えている間に彼氏ができてしまうかもしれないが、その時はその時でしょうがないと思っている。

 ヘタレだって? ほっとけ。

 こんなこと、誰にも相談できないのがつらい。ばあちゃんになんかぼやこうもんなら翌日には村中に広がっていること請け合いだ。いや、村自体には全然関わってないから……つったって本山さんちにはまんま伝わるだろ。落ち着け、俺。


「山越さん、明日も作業ですよね」

「ああ、本山さんさえよければよろしく頼む」

「はい、是非!」


 笑顔がとっても眩しいです。

 ああ認めるよ。なんでだか知んねえけど好ましく思っちまったんだからしょうがねえだろ。

 その日、帰ったらばあちゃんが上機嫌だった。


「ただいま、ばあちゃんどうだった?」

「もー、聞いてよ海人。ミーちゃんの威嚇っぷりがすごくてねぇ!」

「え?」


 ミーは木本医師の姿を認めるなり、キーアキーアと思いっきり威嚇し始めたそうだ。


「あー、そうか……」


 木本医師がタロウに話をし、タロウがミーを宥めとけっこうたいへんだったらしい。さすが獣医、タロウを手なずけるとか。ム〇ゴロウさんかよ。


「困ったような顔でタロウに真面目に話しかけてるんだからおっかしくてねぇ! でもタロウがミーちゃんを宥めてくれてよかったわ。あの先生、腐っても獣医なんだねぇ」

「ばあちゃん、それは失礼だろ」

「あら、だってN町の先生は全然よくなかったって聞いたわよ~」


 そういえばN町にも獣医がいたんだっけか。N町の獣医はどうやら外れらしい。覚えておくことにしよう。


「木本先生にはタロウもお世話になってんだろ」

「そうね。先生がおっしゃるには、タロウもミーちゃんも異常なしってことだったわ。お金は海人に請求していいのよね?」

「ああ、タロウの分も払うよ。ばあちゃん、じいちゃん、ありがとな」


 礼を言って請求書を見て内心ため息をついた。タロウとミーについては保険に入ることを勧められたらしい。確かに代行してくれるっていうなら保険に入った方がよさそうな金額だった。帰りにコンビニに寄ってきたよかった。月曜日にでも木本医師にお礼の電話を入れておこう。

 土曜日、本山さんを迎えに行くと彼女は緊張した面持ちで待っていた。


「おはよう」

「おはようございます!」


 今日は作業ということもあってか髪型は遊びがないひっつめ髪だ。化粧は普段より少し薄めになっていたが、それはそれで本山さんに似合っていた。うん、女性はやっぱり華があるよな。


「ミーちゃんどうでした?」

「ああ、なんともないってさ」

「それならよかったです」


 昨日LINEぐらい入れるべきだったかと後悔した。本山さんもミーのこと気にしてくれてるのに俺って奴は。

 今日も山の中腹ぐらいまで登ることにはなっている。雑草の伸びっぷりが相変わらずすごい。ミーは俺のリュックに入ってご満悦だ。そういえばミーは今大体生後二か月ぐらいだと聞いた。つまり独り立ちするまでにあと二か月はかかる計算である。とはいえ日本で独り立ちさせるわけにはいかないから、ずっとここで俺たちと暮らすことにはなるんだけどな。


「ミーアーミーアー!」


 ご機嫌である。


「ミーちゃんて全然飛びませんね?」

「飛ぶ必要性がないからだろうな。飛び方なんか教えられないしな」

「そうですね。でもそのうち飛ぶのかな。今でもすっごくかわいいですけど」


 ふふっと本山さんが笑む。

 本山さんもかわいいと思う。しかしそれは言えない。タロウにうろんな目で見られた。アンタちゃんとしなさいよと言われた気がした。

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