27.イメチェンの理由

 翌朝、いつも通り本山さんを迎えにいった。

 月曜日の朝である。


「おはようございます」

「おはよう……」


 と返事をして本山さんを見た。いつものひっつめ髪ではあるんだが、なんか髪がウェーブかかっていたり、化粧があかぬけていた。これは聞いてもいいんだろうか。

 本山さんは少し恥ずかしそうだった。


「髪、切ったんですか?」


 思わず丁寧語になった。


「切ってないです……昨日、お隣の湯本さんと……その知り合いの子に髪型とか、メイクとか教えてもらったんです……」

「そう、なんだ。……似合ってますよ」

「えっ? そ、そうですか? よかった……」


 セクハラと取られなくてよかったと思う。女性と相対する時はいろいろ難しいのだ。


「髪って、パーマですか?」

「いえ、三つ編みをしたのを軽く固めただけです。毎日するのは面倒だけど、たまにだったらいいかなって思って……」

「そうですね」


 キレイな女性が助手席にいると思うとテンションが上がる。本山さんの素材もよかったのだろう。化粧をするとすごく映える女性もいるし、そこらへんは自分の好きにやってみればいいのではないかと思った。

 職場に着いて別れた。帰りももちろん俺が送っていく。


「山越さーん、今日助手席に乗ってた子って誰ですか~?」


 昼食時、オレンジ頭に声をかけられた。


「助手席? 会ったことあるだろ、本山さんだよ」

「ええ~? マジか。女は化けますね~」

「化粧映えする顔だったんだろ?」

「クラッときたりしません? ああ、でも普段の顔知ってますもんね。そう簡単に恋は芽生えないか~」


 みなが面白がっているのはバレバレである。


「だから、そんなんじゃねえって」

「ええ~、でも女がイメチェンする時って大概好きな男ができた時じゃないですか~?」


 なんだその偏見。


「そればっかじゃないだろ? お前のその頭、好きな子ができたからオレンジにしたのか?」

「ええ? そんなわけないじゃないですか!」

「だったら本山さんもそうなんだろうさ」


 女だからとか、男だからとか先入観で話をするのはよくない。

 帰り、事務棟へ向かうと職員のおばさんも一緒に出てきた。


「本山ちゃん、がんばってね!」


 そう言って俺にも手を振って別の棟へ走っていった。本山さんは少し困ったような顔をしていた。


「帰りますか。今日、帰りにどっか寄っていくとこあります?」

「いえ、特にないです」

「じゃあまっすぐ帰りますね」


 帰りは特に話さなかった。少し居心地の悪さを感じたが、どうということもない。


「山越さんは……どういう時に髪型とか、服装とか変えたりしますか?」


 ぼそぼそと本山さんが呟くように聞いた。何か言われたんだろうなというのは想像できた。


「うーん……特にどういう時とかないかな。気分を変えたい時とか……この髪は白髪が増えてきたなと思ったからだけど」

「……なんで皆さん、何かあったと思うんでしょう?」


 ただの心境の変化とかでは放してくれなかったようだ。


「……何かあってくれた方が気持ちが楽だからじゃないか?」

「え?」

「単純に変化に付いていけないだけだと思うんだよな。特に年がいった連中はさ、変化に対応していくことが難しいんだよ。だから理由を欲しがるんだ。って、これは俺が勝手に思ったことだけど」

「そう、ですね……確かにそうかも。髪を切ったら失恋したの? とか、そういう理由付けがないといけないような気になるのかもしれません。山越さん、ありがとうございます!」

「……どういたしまして?」


 別に礼を言われるようなことは言ってないが、否定するのもアレなので受け取った。


「なんとなく、でいいんですよね」

「……自分のことなんだから、特に理由なんていらないと思うよ」


 理由付けなんかする必要はない。髪は切りたくなったから切るでいいんだ。化粧もうまくできたらいいなで教えてもらえばいいと思う。なんだかんだいって凝り固まりすぎだ。


「もっと気楽に考えたらいいんじゃないかな。年寄りに付き合うことはないよ」

「そうですね。なんか……こうじゃないといけないとか、思い込んでいた気がします」


 やっと本山さんが晴れやかに笑った。


「山越さんてすごいですね」

「え?」


 首を傾げた。


「山越さんは、ご自身のことですからすごいとは思ってないと思います。でも、私にとってはすごいです」


 本山さんはそう言って笑い、「また明日もお願いします」と頭を下げて帰っていった。心なしか歩みが弾んでいるようにも見えた。

 せっかくかわいくメイクしたんだから、笑顔が一番だよな。


「いいもの見たな~」


 そう呟いて帰った。

 ミーは相変わらず俺の顔を見ると、


「キーアアーアー!」


 と鳴いた。籠から早く出せってことなんだろう。さすがにばあちゃんとじじいだけの時に出すのは厳しい。


「ちょっと待ってろって」


 せめて手を洗わせろ。


「ミーちゃんの楽しみはこれだけなんだから、海人ものんびりしてないで開けてあげなさい」

「帰ってきたばっかだろーが!」


 どいつもこいつもせっかちすぎる。もう少しのんびりさせろと思ったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る