26.ご近所さんって

 ばあちゃんが作った昼飯を食べてから本山さんを二軒隣まで送った。

 近いは近いが車の方が早いのだ。


「山越さん、ありがとうございました」


 お金はすでに渡してある。かなり恐縮されて突っ返されそうになったが渡した。作業はしてもらったのだ。もらってくれないと困る。


「これ、もらってくれないと次頼めないし」


 本山さんはぐっと詰まった。


「……わかりました。ありがたくいただきます」


 次も頼んでいいらしい。俺も一緒に作業するのが本山さんだとやりやすくていい。ただそれが本山さんに負担をかけていなければいいと思う。

 本山さんが軽トラを下りた時、その家の玄関のガラス戸が開いた。


「あ、結子(ゆうこ)さん。おばさん、結子さんいらっしゃいましたー!」

「ごめんなさい、遅くなって……」

「いいんですよー。私んちじゃないですけど上がってくださいー!」


 俺よりは明るくないが、茶髪の女性が出てきた。髪がキレイに整えられているのはわかった。テンション高めに本山さんを促す。

 俺は彼女たちが戸を閉めたのを確認してから家へ戻った。

 うちから二軒隣の家は何さんちだったか。家に帰ってから聞いてみた。


「湯本さんちよ」


 ばあちゃんがあっけらかんと教えてくれた。何故かじじいが苦虫を噛みつぶしたような顔をした。なんか湯本さんちとあったのだろうか。

 って、うちがやっぱ迷惑かけてんじゃないのか?


「本当はねえ、真知子ちゃんちの山も上半分ぐらいはうちの山だから手入れにいかないといけないんだけどねぇ。年寄り二人暮らしで全然手入れもできなかったものだから、ここ何年もイノシシ被害がそれなりにあるみたいなのよ。ほら、人の山に勝手に入るわけにもいかないじゃない?」

「イノシシ被害って……うちの畑もあったんじゃないのか?」

「タロウが昨年うちに来てくれてからはめっきりなくなったわ。ホント、タロウには感謝しないと」

「そっか……湯本さんちは動物とか飼ってんの?」

「真知子ちゃんのところは何も飼ってないねえ……」


 そこで一瞬ばあちゃんは口ごもった。けれど気を取り直したように続けた。


「あそこは夫婦二人だけど、旦那さんがよーく働く人でね。この村でも有名人なんだよ」

「有名人?」


 じじいはまだ苦虫を噛みつぶしたような表情をしていた。


「有名人っちゃあ有名人だな……」


 この村の名物みたいな位置づけなんだろうか。芸能人ってわけではあるまい。(別に芸能人だからどうってのもない)


「どう有名なんだ?」


 ちょっと興味が湧いた。


「そうねぇ……わかりやすいのだと、スズメバチの巣があると獲りに行ったりするわねぇ」

「……は?」


 スズメバチって刺されると死んだりするんじゃなかったか?


「獲りに行ってどうするんだ?」

「食べるかアルコールに漬けてお酒にするのよ。そういえば去年? 一昨年だったかしら? おじいさん、蛇が大量発生したのはいつだったかしらねぇ?」

「蛇が大量発生!?」


 この村はいったいどうなってるんだ。のどかな山間の村だと思っていたが違ったのだろうか。俺は冷汗をかいた。


「なぁ、ばあちゃん。この村はどうなってるんだ……?」

「どうもこうもないでしょうよ。生きていればいろいろあるものよ」


 あっけらかんとばあちゃんが言う。


「そりゃそうだろうけど……蛇が大量発生とか普通ありえねえだろ! いてえっ!」


 ミーがうるさいとばかりに俺の足をつついた。


「おじいさん、あれは確か毒蛇だったかねぇ?」

「毒蛇大量発生!?」

「海人、うるさいぞ」


 どういうことなんだと詳しく話を聞いたら、何年か前にある事件があったそうだ。S町の隣町に住んでいた害獣駆除業者が亡くなった。その業者は蛇を大量に飼っていた。処分に困った妻子がこの辺りの村にその蛇を放ったらしい。


「……それは……その蛇たちも災難だったな」


 俺はミーを見た。ミーは座卓に上がって小松菜をつついている。これだけ見れば平和な光景だが、俺はその蛇たちがミーに重なって見えた。


「毒蛇ってことは、どうなったんだ?」

「外国の蛇なんかは捕まえて処分されたかねぇ。ヤマカガシは間引いたし、マムシは湯本さんがマムシ酒にしたはずよ」

「そうか」

「マムシ酒か……そろそろ飲み頃じゃねえか? ちょっくら行ってくる」


 じじいが立ち上がった。


「おじいさん、だめですよ。今日は湯本さんちにはお客さんが来てるんですから」

「お客?」

「結子ちゃんが行ったでしょう」

「湯本のと飲むんだからかまわねえだろう」

「真知子ちゃんの邪魔をしてはだめですよ。電話してから、明日行ってくださいな」

「こら、ミー。座卓の上で毛づくろいすんな」


 羽づくろいっつーんだろうか。深緑色の羽がいくつか飛んだ。


「あらあら、ミーちゃん。下でやってちょうだいね」


 嘴で羽の手入れをしているさまがなんかかわいい。どこまで首が曲がるんだってぐらい後ろまで回るのも面白い。ミーはばあちゃんに言われた通り座卓から下りると、俺にすりっと擦り寄ってから居間と土間の境までトテトテと歩いた。

 俺の言うことは聞かないでばあちゃんの言うことを聞くけど、俺には確実に懐いているようだ。一瞬だけでもすり寄ってきたのがかわいくて、口元が綻ぶ。


「海人もいつもそうやって笑ってるといいんだけどねぇ」

「余計なお世話だよ」


 ずんぐりむっくりした体を揺らしながらミーは土間に下りると、タロウに近づいていってその上に乗った。なんとも幸せな光景だなと思った。



ーーーーー

おや? そんな近所に(謎

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