25.できれば巻き込まないでほしい

 シスコンなのか? とか考えてはみたがそういうことでもないらしい。

 聞いている限りだと、妹は自分の息子の面倒を看るお世話係ぐらいにしか思ってなさそうだった。そりゃあ本山さんが家にいたくないはずだ。とはいえ俺はただの職場の同僚だ。

 聞きたくないお家事情まで聞こえてきてどうしたらいいのかと思う。


「聞き苦しくてごめんなさいね」


 本山さんのお母さんがにこにこしながら言う。俺はじっと彼女を見た。


「……俺が口を出すことじゃないですけど、なんで野放しにしておくんですか?」

「娘は嫁に行くものよ」

「……行かなかったら?」

「それはその時ね」


 息子さんは思考がろくでなしでも跡取りには違いない。それこそ俺が口を出すことではなかった。

 甥っ子君も玄関に腰掛けさせた。


「本山さんのこと大好きなんだな?」

「?」

「ああ、君も本山だったか……ええと、結子さんのことだ」


 そう言ったら甥っ子君に睨まれた。


「おねーちゃんの名前をおじさんが呼ばないでよ!」

「ああ、わかったわかった……」


 面倒だ。


「律、だめでしょう? 結子は山越さんにお世話になっているのよ。職場だって一緒なの。結子のことを思ってくれているなら、山越さんにそんな言い方はしないでちょうだい」


 にこにこしているが、本山さんのお母さんはぴしゃりと言った。


「で、でもっ、あの爺ちゃんはねえちゃんを困らせてたじゃないかっ!」

「寺林さんは山越さんではないわ」

「男はみんなそういうもんだってじいちゃんも父さんも言ってたよ!」

「あらあら……そんなろくでもないことを孫や息子に教えるなんて困った人たちだこと……山越さん、本当にごめんなさいね?」

「い、いえ……」


 怖い。本山さんのお母さんの笑顔が怖い。目が笑ってない。


「そういう関係じゃないからいいかげんにしてっ!」


 肩を怒らせて、本山さんが戻ってきた。


「結子、山越さんをお待たせしてはだめでしょう? おじいちゃんと一雄(かずお)には私からしっかり話をしておくから早く行きなさい」

「……ありがとう、お母さん。山越さん、お待たせしてすみません……」

「ああいいよ。行けるなら行こうか」


 立ち上がった。


「律君」


 甥っ子君がびくっとした。


「ああいうことは言ってはだめだよ。言葉には気をつけような」


 それだけ伝えて本山家を出た。いやー、朝からエキサイティングだったな。俺じゃないけど。

 本山さんに軽トラに乗るよう促して、うちへ向かった。

 ところで、あんなに怒鳴ってて近所とか大丈夫だったんだろうか。さすがに丸聞こえだったんじゃないかと思うんだが。


「今日は山の下の方で作業するけど大丈夫?」

「あ、はい。大丈夫です……」


 俺には気の利いたことなんて一言も言えない。軽トラを停めて、家に道具を取りにいった。


「随分遅かったわねえ。どうかしたの?」


 ばあちゃんに聞かれてしまった。


「すみません、うちで出掛けにちょっと……」

「あら、そうなの? 結子ちゃんもたいへんねぇ。うちの孫でよければいつでもお嫁に来てくれていいからね?」

「ばあちゃん!」


 だからなんでそんなに男女をくっつけたがるんだ。


「や、康代さん!」

「なあに?」

「そ、それは山越さんに失礼だと思います! こ、こここんなにカッコいいんですから山越さんはモテると思います! 私なんかにはもったいないです!」

「……え?」

「はい?」


 一瞬何を言われたのかわからなかった。ばあちゃんもきょとんとしている。

 俺が、カッコいい?

 もしかして本山さんは目が悪いんだろうか。

 ばあちゃんはまじまじと俺を見た。


「……うちのおじいさんの方がカッコいいけどねえ?」

「ばあちゃん、ノロケるのはよそでやれ」


 ラブラブなのは知ってるから。

 本山さんは真っ赤だった。


「あー、ええと……本山さん、視力は……」

「両目とも1.5です! 私がカッコいいと思ってるんですから、それは否定しないでくださいっ!」

「……はい」


 つまり俺の顔が本山さんの好みだということか。それならそれでいいだろう。


「タロウ、ミー、行くぞ……」

「キアーアー!」


 タロウがのっそりと起き上がり、ミーを籠から出してやると嬉しそうに鳴いた。肩掛け鞄にミーを入れる。今日は山には登らないからこんなゆるいかんじでも問題はない。昼ご飯はうちに帰ってきてから食べる予定だ。


「本山さん、タイムリミットは何時だ?」

「ええと……特に決まってないので、一時過ぎにこちらを出られれば大丈夫です」

「わかった。じゃあ今日もよろしく」

「よろしくお願いします」


 本山さんに手伝ってもらいながら、今日もそうして山の手入れをした。

 お互い、本山さんの家でのことは何も言わなかった。うまくすれば本山さんのお母さんが収めてくれるだろうし、そうでなかったとしても俺には関係ないことだ。……正直山での作業に支障が出るのは困るが、草取りや枝打ちも本山さんは丁寧に行っている。

 こういう作業は雑にやると怪我をしたりするから、本山さんのやり方は見ていて安心できる。草はすぐ生えるから困ったものだ。ちょっとほっておくともさもさしてくる。早いうちに抜かないと根が長くなってしまうし最悪だ。

 昼まで手伝ってもらい、汗を拭き拭き家に戻った。ちなみにミーはすぐに鞄から下りて虫を食べたりしていた。元気が一番である。

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