24.からかうのはほどほどに

 すっかり暗くなってしまった。


「本山さん、明日も頼んでいいのか?」

「はい。あ、でも午後にはお隣に行く用事ができたのでそれでもよければ」

「そうなると三千円ぐらいしか出せねえけど?」

「なくてもいいぐらいですよ!」


 昼ご飯はこっちで食べていきたいというのでそれはばあちゃんに頼んだ。彼女は自分でお弁当を持参してくるつもりだったらしいが、そんなことをうちのばあちゃんが許すはずもなかった。


「でしたら家に帰りますから!」

「結子ちゃん、いいからこの年寄りに付き合いなさい!」


 ばあちゃんは強引だった。本山さんに助けてくれという視線を向けられたが俺には勝てないのだ。スッと視線を逸らしたが怒らないでほしい。


「海人、明日は昼にはここに戻ってきて結子ちゃんも一緒にお昼ご飯だからね。わかったわね?」

「……わかった」

「山越さん!」


 目を合わせることはできなかった。早めの夕飯の後にミーを籠から出してつつかれた。


「ミー、頭はだめだ。な?」


 わざわざ座卓へ上って頭をつつこうとしてきたのでそれは窘めた。

 そして本山さんを送った。


「じゃあまた明日」

「……山越さん、私何も返せません」


 家に着いた時本山さんは静かにそう呟いた。なんのことだろうと俺は首を傾げた。


「? 貸したものはないよな?」

「そういうことではありません。桑野さんも、山越さんも私に優しすぎます」

「? 別に優しくした覚えはないよ。山の手入れを手伝ってもらえるのは助かるし、それに対価を払ってるだけだ」

「でもわざわざ送迎もしていただいてます」

「そっちのお母さんからガソリン代だっていただいてる。……なぁ」


 ため息が漏れた。


「……はい」

「何をそんなにこだわってんだか知らないけど、俺はこんな性格だから思ったことははっきり言う。嫌なら嫌だって言うし、いいならいいで終りだ。それじゃだめか?」


 本山さんは俯かせていた顔を上げた。


「……困らせてごめんなさい。また明日迎えにきてくれますか?」

「ああ、来るよ。また明日」


 本山さんが軽トラを下りて、家に入るのを確認してから帰った。

 ……なんかあったんだろうなとは思う。聞いてくれと言われれば聞くけど、そうでなければ俺は聞く気はない。それだけは変わらない。


「お帰り、遅かったわね」

「明日の話をしてただけだよ」

「別にお泊りでもよかったけどねぇ」

「ばあちゃん、それはセクハラだぞ」

「あら嫌だ、あたしったら」


 ばあちゃんがあははと笑った。これだからジジババは困る。

 ミーは俺が帰ってきたのでトテトテと近寄ってきた。


「本当にお前は飛ばないな。あ、そうだ。ばあちゃん、もし木本先生が来たらミーのこと診てもらっていいか? 大体生後何か月ぐらいかも知りたいんだが」

「いいわよ~。私もミーちゃんのことはわからないしね」


 かわいいはかわいいがつつくのはやめてほしい。だから、嘴がかなり尖ってるから痛いんだよっ。



 翌日も本山さんを迎えに行った。

 なんだかまた疲れたような顔をしていた。


「本山さん、どうしたんだ?」

「え? なんでもないですよ。行きましょう」


 玄関のガラス戸がガラガラと音を立てて開いた。今日も甥っ子が出てきた。なんか恒例になってきたなと思っていたら。


「おじさん!」

「……え?」


 俺はきょろきょろ辺りを見回した。まさか俺のことではあるまい。


「おじさんだよ、おじさん! ええと、山越のおじさん!」

「え? 俺?」


 思わず自分を指さした。けっこうショックがでかい。そ、そうか。俺もおじさんと呼ばれる歳か……。


「リッちゃん、なんてこと言うの!」

「だっておじさんじゃん!」

「それを言ったら私はおばさんでしょう!」

「おねーちゃんはおねーちゃんだよっ!」


 おじさん……おじさんて言われた……。いや、確かに小学生から見たらおじさんだけど。


「……なにかな?」


 またキッと睨まれた。


「おねーちゃんをもてあそぶなつっただろーっ!」

「本山さあん!」


 とうとう俺が本山さんをもてあそんだことになってしまったらしい。いいかげん人聞きが悪すぎる。


「リッちゃん! なんてこと言うの! そんな言葉いったい誰から学んだのよっ!」

「だってお父さんが言ってたもん!」

「~~~~兄さん!! ちょっと行ってきます!」


 本山さんは肩を怒らせた。顔も真っ赤である。


「あ~……俺も行くよ」


 今日の作業はできそうもないな。

 本山さんは本気で憤っていた。


「山越さん、すみません。すぐに済みますから!」

「あ、ハイ」


 心配なので玄関で待たせてもらうことにした。玄関に腰掛ける。


「リッちゃん、お父さんは?」

「まだ寝てる……」

「わかったわ!」


 甥っ子も叔母の剣幕にたじたじである。本山さんは家に上がり、どこかの部屋の襖をスパーン! と開けて入った。


「兄さん、父さんも、何を子どもに吹き込んでるのよ! いいかげんにしてちょうだいっ!!」


 怒鳴り声が家の中じゅうに響いた。うん、女性を怒らせたらだめだよな。からかうのはほどほどにしないといけない。


「朝からごめんなさいね。はい、お茶どうぞ」

「あ、おかまいなく……」


 本山さんのお母さんがお盆にお茶とお茶菓子を乗せて持ってきてくれた。にこにこしている。


「リッちゃん」

「は、はい……」


 本山さんのお母さんは玄関で呆然と立ち尽くしている孫に声をかけた。


「お父さんの言うことを鵜呑みにしてはだめよ? 聞いたことをそのまま信じるんじゃなくて、自分の頭で考えるようにしましょうね? わからないことはバーバでも、結子にでも聞けばいいわ」

「……うん」

「昨日は帰りが遅かっただろーが!」

「夕飯いただいてくるって連絡入れたでしょうがっ! いいかげんにしてっ!」


 兄妹喧嘩はなかなか終わりそうもなかった。

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