23.山菜はわからない

 山を下りてから、本山さんに払う金額を決めることにした。

 今日五千円払うことは変わらない。まとめた枝を家の横の薪置き場に積み、外に置いたベンチで話すことにした。いい天気である。


「山菜とか、けっこうありましたね」


 本山さんに言われて、俺は振り返って山を眺めた。


「え? そんなに生えてた?」

「ええ……あえて採らないのかと思ったんですけど……」

「いやいやいやいや……」


 生えていたなら採ってくれても全然かまわなかった。正直俺には何がなんだかさっぱりわからなかったが。


「採っていいのなら、たらの芽が採りたいんですけど……」

「ああ、うん。別にかまわない」

「桑野さんに聞いてきますね!」


 本山さんはバッと立ち上がり、家の方へぱたぱたと駆けていった。俺は呆然と彼女を見送った。たらの芽ってそんなに必死に採るもんなのか?

 そしてすぐに戻ってきた。


「採ったら天ぷらにしてくれるとおっしゃられたので、採ってきます!」


 本山さんは叫ぶように言うと今度は山の方へ駆けて行った。さすがに一人で行かせるのはまずいだろうと、タロウを促して俺も追いかけた。


「採れましたー! こんなに沢山!」


 ばあちゃんからザルを受け取っていたらしく、そこに彼女はひょいひょいとたらの芽を採っては入れた。(ひょいひょいとと言うのはただの比喩である。そんなに簡単に採れるものでもない。ちょうど時期だけど)

 本山さんはにこにこしながらうちに戻り、ばあちゃんに見せた。


「あらあら沢山ねぇ。じゃあ天ぷらにしちゃいましょう。海人も食べるでしょう?」

「ああ、うん……」


 本山さん、食べるの好きなのかな。小食よりは俺的にいいと思うが。

 ばあちゃんは家にある食材を軽く洗って拭くと、揚げるのにちょうどいい大きさに切って天ぷら粉にくぐらせて揚げ物をし始めた。弁当はしっかり食べたんだが、天ぷらと聞いてまだ食べられると思ってしまうのはなんでだろう。


「今から天ぷら? 何考えてんだ?」


 じじいがいぶかしげな顔をした。確かにまだ4時にもなっていないが、たらの芽は足が早いそうだ。採ったその瞬間から悪くなっていくらしいので採ってすぐ調理した方がいいのだと聞いた。


「結子ちゃん、お夕飯はうちで食べてくって京子ちゃんに連絡してね~」

「あ、はい……えーと」


 本山さんは何かに気づいたらしく、俺の方を向いた。


「送ってくから気にしなくていいよ」

「……ありがとうございます!」


 本山さんて面白いな。


「ばあちゃん、本山さんとまだちょっと話があるから外にいるけどいいかー?」

「天ぷら冷めちゃうでしょうが! 話なんて後にしなさい!」

「……はーい」


 ばあちゃんには逆らえません。ミーとタロウは外にいたが、さすがにミーは回収した。ミーを捕まえて籠に戻したら怒っていた。


「キアーアー!!」

「ミー、うるせえ。部屋に戻すぞ」

「キーアアー!」

「後で出してやるから騒ぐな!」

「ミーちゃん、ごはんが終るまで籠の中にいてちょうだい」

「キーアー……」


 ばあちゃんににこにこしながら言われたら大人しくなった。ちょっと待て、飼主は俺だぞ。


「海人、ビール持ってこい!」

「俺は飲まねえぞ」

「一本ぐらい付き合わんか!」

「本山さんを送ってくるんだよ。飲まねえから」

「なんだ、つまらんな」

「そういう問題じゃねえから」


 これだから田舎の年寄りは。それでも飲酒運転はダメだと口を酸っぱくして言ったら、あんまりしつこく言われることはなくなった。日本では飲酒運転は厳罰なんだからそのように暮らすべきだ。事故が起きてからでは遅いのである。


「本山さんは飲んでもいいからな」

「いえいえ、飲みませんよ!」


 とんでもないと手を振られた。別にそういうの、俺は気にしないんだがな。倉庫の冷蔵庫から缶ビールを三本ぐらい持ってきた。


「俺は飲まないけど、帰ってきたら飲むから気にしないで飲んでいいよ」

「そういうわけにはいきませんよ。でも、ありがとうございます」


 本山さんははにかんだ。そういう顔をすればかわいいじゃないかと思った。言うと周りがうるさいから言わないが。


「天ぷら揚がったわよ~」

「はーい!」


 本山さんが慌てて台所へ向かった。

 そんなに腹は減ってないと思ったが、食べ始めたらもりもり食べた。ごはんとみそ汁、漬物と天ぷら。にんじんとゴボウのかき揚げも出てきた。玉ねぎの輪切りの天ぷらとか、もうとにかくあるものを天ぷらにしたかんじだったがうまかった。サツマイモじゃなくてジャガイモの天ぷらも出てきてカレーかよと思ったりもした。

 本山さんは終始にこにこしていた。

 たらの芽の天ぷらはもちろんサイコーだった。

 山菜なんか意識したことはなかったけど、うまいもんだなと感心した。そういえばつくしの佃煮もおいしかったしな。


「手入れ、ちゃんとしないとな……」

「そうですね」

「結子ちゃんの家の方はいいのかい?」


 ばあちゃんが心配そうに聞く。


「うちは……一応兄が手入れすることにはなってるんですけど……」

「うちの孫でよければ貸すからいつでも言うんだよ?」

「いえいえ」


 本当はお互いの山を互いに手入れできればいいんだろうが、そういうのは難しいと思う。

 うちの山の手伝いにかり出してはいけないんだろうか。疑問がいくつも生まれたが、今は聞かないことにした。

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