22.同僚と山へ登ってみた

 ゆっくりではあるが、確実に山の上の方まで登った。

 今日は山頂まで登る必要はない。途中から脇へ反れ、山の裏側へ向かった。全てタロウナビである。タロウはとても優秀だ。普段からこの山に登っているらしく、水があるところと言ったら前回はいろいろ案内してくれた。タロウも道連れができて嬉しかったのかもしれない。

 そうだったらいいなと思った。


「はぁ、はぁ……」


 やはり道なき道を登ってきたのはつらかったかもしれない。なにせ全く整備されていない山だ。本山さんの息は荒かったが、それでも根を上げなかった。


「もう少しだけど、休憩入れようか」

「……あと、五分ぐらいなら歩けます……」

「それなら休憩しよう」


 座ったら動けなくなるからと、立ったまま水分補給をしたり飴を舐めたりする。お互いに汗だくだった。まだ4月も半ばだっていうのになんでこんなに暑いんだろうな。やっぱ異常気象が関係しているのだろうか。

 水を多めに持ってきてよかったと思った。

 少し休んで先に進む。作業をしながらだったので、一時くらいに湧き水のある場所へ着いた。


「着いた……」


 タロウに危険がないことを確認してもらってから、ミーを鞄から下ろしてやると、身体を揺らしながら土の上を歩いた。そして地面をつつき始める。さっそく虫かなにかを見つけたようだった。


「ミヤマオウムって肉も食うんだってな……」

「そうみたいですね。オウムが肉を食べるってへんなかんじだけど……なんか頼もしいですね」


 肉食というと獰猛なイメージだ。正確には雑食なんだろうけど不思議なかんじはする。元々虫や果物類を食べる鳥だったようだが、必要な栄養素を補う為に他の鳥のヒナや卵、それに弱った羊の肉などを食べるようになったと言われているそうだ。羊なんてのは人間が持ち込んだものだよな。羊を襲うってことでかなり狩られて今は絶滅危惧種になってるんだっけか。

 ニホンオオカミも人間に脅威とされて絶滅してるんだもんな。今はまだ絶滅していない生き物について種の保存だのなんだのやっているらしいが、うまくいっているものといっていないものがあるそうだ。全くわからん。

 汗を拭いて、やっと汗が引いたところで昼飯にした。


「わぁ……康代(やすよ)さんのお弁当、ありがたくいただきます」


 本山さんはにこにこして両手を合わせた。ここの湧き水は透明だ。実際水質検査とかしたらどうなんだろうとは思うが、前回飲んでも腹は壊さなかったから大丈夫だろう。なんともアバウトな基準ではある。


「俺は腹も壊さなかったけど、本山さんはどうする?」

「いただきます」


 水が出ているところから直接水筒に入れた。今度水質検査とかしてもらった方がいいかもなとは思った。

 この湧き水はここから少し下へ向かって流れ、20mも下るとまた土の中に潜ってしまう。そしてまた下っていくと裏山と交差する部分で露出し、川となって東へ流れていく。その先は他の人の土地? だから知らない。もしかしたら国有林かもしれないがそこまでは確認していなかった。


「山菜がおいしいですね」

「そうだな」


 ばあちゃんは近所から山菜をもらったらしく、それらを煮て弁当にいれてくれた。これはつくし、なんだろうか。黒っぽくなっているがそれっぽく見えた。


「つくしの佃煮なんてうちの母は作らないから……康代さんに教えてもらいたいです」


 タロウにはドッグフード、ミーにもドッグフードをあげた。野菜も食べるが肉食だっていうからもういいだろうという判断だ。アバウトなことは認める。

 心地いい風が吹いてきた。木の枝や葉がガサガサと音を立てる。湧き水が流れる音、虫が動く音。静かなようでいて、山は全然静かではない。


「……そろそろ帰ろう」

「今日はここまででいいんですか?」

「ああ、また来週頼めると助かる」

「明日は……さすがに疲れますよね」


 本山さんは困ったように笑んだ。そうだ、彼女はあまり家にいたくはなさそうだった。


「明日は……ここまで登らないで下の方の作業はする予定だ」

「お金いらないので、私も来ていいですか? って、図々しいですね」

「来てくれるなら払うよ。俺一人でやってもすぐ飽きるし」

「そんな……もらえませんよ」

「でも、明日は減額してもいいか?」

「それは全然かまいません。ってだから、もらえませんって」


 本山さんがやっと晴れやかに笑った。

 そんなに居心地が悪い家ってなんなんだろうなと思う。

 ミーが俺や本山さんの作業着をつついた。どうやら虫がくっついていたらしい。


「わわっ!? ミーちゃん?」

「ミヤーアー!」


 つんつん、つんつん。

 じっとしてればいいんだが、動くと嘴が鋭いから危険だ。


「動かない方がいい。虫がついてるとつつくみたいだ」

「ああ、そうなんですね。ミーちゃん、ありがとね」


 ミーは俺のことは容赦なくつついた。おかげで作業着の上からだというのになんか痛かった。作業着に穴を開けるのだけは勘弁してほしい。

 タロウは座ってあくびをしている。危険はないようだ。山だからマムシとかいてもおかしくはないのだが、この辺りにはいないのだろう。

 平和だなと思った。

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