21.メディアの影響力は強い、のだと思う

 土曜日の朝、9時に本山さん宅へ迎えにいった。

 本山さんが表で待っているのはいつも通りだったが、何故か玄関のところに甥っ子とやらがいた。


「おはようございます」

「おはようございます、山越さん。ほら、リッちゃん戻りなさい」


 相変わらず、小学生だという甥っ子は俺を睨みつけてきた。大事なお姉ちゃんが奪われそうだと思っているのか、それとも誰かになにか吹き込まれたのか。判断はつかなかったから、会釈だけした。


「あ、あのっ!」


 本山さんを促して助手席に乗ってもらおうとした時、甥っ子が声を発した。


「ゆ、結子(ゆうこ)ちゃんをもてあそんだらただじゃおかないからなっ!」

「リッちゃんっ!?」


 甥っ子はそう言い捨てて家の中に入り、ガラス戸をぴしゃりと閉めた。


「もうっ、あの子はっ! 山越さん、ごめんなさい!」


 なんかおかしくなった。


「あははははっ!」

「えっ?」

「本山さん謝りすぎ。誰がああいう言葉教えるんだろーな。今はTVかな」

「そ、そうかもしれませんね……」


 俺が笑ったことで今のはなかったことになった。小学生が言ったことなんていちいち気にしてられない。ただ問題は、誰があんなことを本山さんの甥っ子に吹き込んだかだ。ばあちゃんに聞いてわかるものなのかとげんなりした。娯楽が少ないせいか人のことをひっかきまわして楽しんでいるような節がある。さすがにそろそろ釘を刺す必要がありそうだった。

 作業はうちの山から入って行うので、うちに戻った。


「ちょっと待っててくれ」


 本山さんに下りてもらって家に寄った。


「タロウ、ミー、行くぞ」


 タロウが立ち上がる。俺は用意していたリュックにミーに入ってもらった。山の反対側には湧き水が出ているポイントがある。そっちで昼食を取る予定だ。


「ばあちゃん、ありがとなー」


 ばあちゃんからお弁当を受け取った。鉈と鎌を腰に差し、出発だ。ばあちゃんはわざわざ家の外まで出てきた。


「結子ちゃん、孫に付き合ってくれてありがとうね。もし襲われたらちゃんと教えてね~」

「こんな藪だらけの山ン中でどうしろっつーんだ!」


 本山さんはあははと笑った。

 ヤるつもりならラブホでもなんでも行くっての。S町に入ればいくらでもそんな施設はあるし。


「キァーアー!」


 ミーが早く行かないのかとばかりに声を上げた。


「お、そうだな。行くか」

「桑野さん、行ってきます」

「気を付けてね~」


 タロウに先導を頼んだ。タロウには、今日は本山さんが一緒だからゆっくり進んでもらうようには言ってある。あまり早く進むとバテてしまうからだ。本当は山登りなんてのは自分のペースで歩くのが一番なんだが、一番の目的は山の手入れだからそこは妥協してもらった。藪を払いつつ、使えそうな枝はまとめておく。帰りも同じ道を通るようにタロウには言ってあるから、帰りに回収する予定だ。つくづくタロウは頭がいい。

 ミーはきょろきょろと辺りを見回しているようだった。


「ミヤマオウムでしたっけ。本当にかわいいですね」


 木の余分な枝を切ったり、邪魔な枝を払ったりしてから本山さんが言った。


「ああ、なんかかわいいんだよな」

「この子、そのうち飛ぶんですよね」

「そうみたいだな。でもNZの鳥だろ? 飛ぶっつってもあんまり飛ばないような気もするな」

「? なんでですか?」


 本山さんが首を傾げた。


「ニュージーランドって、人間が他の生き物を持ち込む前は鳥の楽園って言われるぐらい平和な場所だったらしいんだ。天敵っていう天敵がいなかったんだよな。だから飛べない鳥も多いし、このミーみたいなオウムだって巣を洞穴とか岩の隙間、木の空洞とかに作るんだ。山に住んでたっつったってほとんど脅威がなかったはずだから、そんなに飛ぶ必要もないんじゃないかな」


 調べたけど、このオウムのヒナが巣立つまでに四か月ぐらいかかるはずだ。それが早いか遅いかはわからない。ただミーはまだ四か月は経ってないだろうってことがわかる程度だ。(実際は肉食なので餌を探す為にかなり飛びます)


「そうなんですか……」


 本山さんは不思議そうな顔をした。


「山越さんて、NZに行かれたことがあるんですか?」

「ワーホリで一年ぐらいは行ったけど、こんなオウムは知らなかったよ」


 そう、大学を卒業する前に休学してNZにワーキングホリデーで行ったことがある。三か月語学学校に通って後はバイト生活だった。あれはあれでそれなりに楽しかったけど、休学の際の費用を親に出させたのは悪かったと思う。今度株でもうけたらその分を返しておこうと思った。(NZへの渡航費とかは自分の懐から出した)


「でも、縁はあったんですね」


 本山さんが笑んだ。

 確かにあの頃は出会わなかったけど、なんとなく繋がりはあったのかもしれない。縁といえばそれも縁か。足元の邪魔な枝などを払いながら考えた。この辺にまとめておいて、と。


「ミーアアー!」

「わかったわかった、移動する」


 立ち止まってると早く動けとうるさい。それなら自分の羽で飛べとか思うけど、実際飛ばれても困るのだ。お互い勝手なものである。

 いったいどうすりゃいいんだろうな?

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