20.俺より若かったらしい

 金曜日の帰りだった。


「山越さん」

「ん?」

「山の手入れの付き添いってまだ有効ですか?」

「ああ、付き添いがいると助かる」

「この間みたいに、三時ぐらいまででいいならお願いします」

「うん。さっそく明日からでもいいのかな」

「はい。よろしくお願いします。それと……母が申し訳ありません」


 本山さんは頭を下げた。もう俺はすっかりタメ口で話している。


「……本山さんが謝ることじゃないし、どこまで聞いた?」

「ええと……山越さんに襲われたら娶ってもらえとは言われました……」


 疲れたような顔をしている。田舎ってこんなに赤裸々なもんか? 本山さんちとうちだけだと思いたいが。それはそれでピンポイントでやなかんじだな。


「まぁ……もしそうなってもヤリ捨てだけはしないからそれは安心してくれ。ミーと暮らせる環境は今んとこあそこしか思いつかないし。ただ、役所のバイトだからかつかつな暮らししかできないとは思う」


 ぷっと本山さんが噴きだした。

 こっちは真面目に言ってるんだがなぁ。

 株? 本当に結婚することになったら言うよ。今伝えてトラブルになっても困る。


「……ごめんなさい、笑ったりして。でも……山越さんが見た目よりも真面目な方だって知って安心しました」

「あー……」


 見た目だけの話をされると反論はできない。なにせ明るめの茶髪だし。


「……白髪が増えてきたから目立たないように染めてるだけなんだけど……」

「そうだったんですか!?」


 そういえば言ってなかったか。わざわざ言うことでもないから誰にも言ってなかったかもしれない。


「実はそう」

「山越さんて面白いですね。私、まだ白髪が目立たないからそのままです」

「それは羨ましいな。俺は三十四だけど、本山さんは?」

「三十一です」


 やっぱり俺より若かったか。最初の頃見た時とか、疲れている時は一気に老け込んで見えたけど最近はそんなこともない。もしかしたら寺林さんの下ネタとか、地味にダメージになってたかもしれないな。


「本山さんが年下でよかった」

「え?」

「俺、もうタメで話してるからさ。年上だったらどうしようかなって」

「ああ、そういう……。でも山越さんだったらみなさん憎めないですよね」

「それならいいけど」


 生意気とは思われてるだろうなと思ったが、ただのバイトだしな。仕事さえしっかりしていればいいだろう。


「明日は何時に出ますか?」

「どうするかな。明日も朝9時に迎えに行っていい? ちょっと様子を見てくるだけだからそんなにかからないとは……思う」


 そう言いながら昼飯はどうするかなと考えた。握り飯ぐらいなら俺でも作れるだろう。本山さんに準備させてはいけない。


「わかりました。よろしくお願いします」

「こちらが頼む側だよ。よろしく」


 本山さんは上機嫌で帰っていった。やっぱ家での居心地はよくないのかもな。お兄さんの酒癖が悪いようなことを聞いたし。

 首を軽く振った。先入観はよくない。


「ただいま」

「おかえりなさい。明日は何かあるの?」


 明日は土曜日だ。ばあちゃんが何故か今からウキウキしている。


「明日は本山さんが来て山の手入れを手伝ってくれることになったから」

「あらあらあらあらまあまあまあまあ」

「……そういうんじゃねえから。お金払って手伝ってもらうんだよ」

「あらそうなの? 若い人ってドライなのねえ」


 作業着の上を脱いでミーを籠から出した。


「ミヤーアァー!」


 ミーは嬉しそうに鳴いてトットッと居間に下りた。そして俺に一度すりっと擦り寄ってからトテトテと居間を探検し始めた。

 なんだよあのかわいいの。


「お昼ご飯を用意すればいいかしら?」

「おにぎりでも握ろうかと思ってるんだけど」

「それなら私が握るからいいわよ」

「別に俺が握ったっていいじゃねえか」

「男は台所に入らないものよ」

「その古い考えどうにかならねえのかよ!」


 じじいとばあちゃんの家だから、結局俺は何もさせてもらえないことになった。おにぎりもうちでは男が握ってはいけないものらしい。


「シングルファーザーとかどうするんだよ?」

「子持ちの男やもめなんて基本実家暮らしじゃないの」

「そしたらその母親が台所仕事すんのかよ」

「家によるんじゃないかしら」


 どれもこれも気に食わなかった。


「力仕事は海人がやってくれてるんだから、台所仕事はばあちゃんに任せなさい」


 適材適所ということなんだろうか。


「料理好きの男とか、この村肩身が狭いんじゃね?」

「他の家庭は知らないわよ。うちはこうなの」

「……わかった」


 台所がばあちゃんの城だってことは理解した。またミーにつつかれた。


「ばあちゃんの味方ばっかしてんじゃねーよ」

「やあね。ミーちゃんは海人のこと心配してるのよ。飼主なのにわかってないわね~」


 へーへーわかってませんよ。

 明日は山の上の方で昼飯を食うかもしれないと話したら、本山さんの分まで弁当を作ってくれることになった。(本山さんにはLINEで連絡をした)普段の弁当も用意してもらってるから、やっぱ入れる金額は増やした方がいいんじゃないかと思う。でも今日その話をしたらまた喧嘩になりそうだったから、後日することにした。

 なんで俺が金払うって話なのに怒られるんだろうな? やっぱ理不尽だ。

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