19.勝手を話は進めないでもらいたい

「山の手入れの付き添い、ですか」

「うん。作業は主に俺がやるからついてきてもらえると助かるかなって。さすがに日当一万ってわけにはいかないんですけど」


 山の手入れはタロウ、ミーと共に行うんだが、もし俺が何かあった時にもう一人いてくれると助かるのだ。麓まで知らせに行くのはタロウでいいだろうが、タロウに書いた手紙を持たせたりという、ちょっとした作業をしてくれる人がいればいろいろ気が楽にはなる。そういう保険的な意味合いでもう一人誰かいてくれたらいいなと思ったのだった。


「私でいいんですか?」

「粗大の仲間でもいいんだけど、アイツらじゃお互いにじっとしてないんで。別々に行動して遭難とかしそうな気がするから」

「元気ですね」


 本山さんが笑んだ。


「うん、元気なんですよ」


 それと、そういう補佐的なことはどうしても女性にはかなわないと思った。男でもできる奴はいるんだろうが、俺の周りでは聞いたことがない。全員俺が俺がなのだ。俺がそういう性格だから友人もそういうタイプなのかもしれない。

 全然連絡取ってないけど、多分元気だろう。同窓会とかも全く顔は出していない。誰かが結婚したとか、離婚したとかいう話は聞いた。

 ちょっとしんみりしてしまった。

 なんで本山さんに声をかけたかといえば、この間の作業のしかたを観察して、である。決して作業は早くはなかったが、仕事は丁寧だった。それと、なんとなくだが土日は家にいたくなさそうに感じたのだ。


「嫌なら断ってくれていいので」

「いえ……理由がほしいかなって。私、家ではのんびり屋だって言われてるので」


 本山さんは自嘲するように言った。


「のんびり屋、ねえ……」


 雰囲気はそんな感じではなかったが、お互い黙っていても気まずさを覚えないからそこがいいとは思う。


「でも、本山さん仕事が丁寧ですよね。山の手入れとか、ある程度雑でもいいけど、急ぎじゃなければ丁寧な方がいいと思う。あ、もちろん嫌ならいいので」


 今年はどうせ更に裏の山までは作業できないだろうしな。


「……いくら出してくれます?」

「一日五千円が上限かな。帰りが遅くなったりするようなら更に出すけど」

「少し考えさせてください」

「うん、急がないから」


 もうほぼタメ口になっている。

 彼女を送り、家に戻ってからはっとした。そんなに知らない男と山の手入れを二人きりとか、相当覚悟がいることなのではないだろうか。こっちは手を出す気は全くないが、女性にとっては怖いかもしれないと思い、反省した。


「おかえり、海人。なんかひどい顔してるけどどうしたの?」


 ばあちゃんにさっそく気づかれてしまった。

 ということでとっとと白状させられた。

 すでにミーは籠から出してある。ミーは相変わらず楽しそうに居間をトテトテと歩いていた。そのうち鼻歌でも歌い出しそうだ。いいよなお前は、悩みがなさそうで。


「そうねぇ……海人ほどは結子(ゆうこ)ちゃんも気にしてはいないと思うけど。海人がなんかしたっていうなら結子ちゃんを責任とって娶ればいいだけでしょう?」

「えええ?」

「なあに? 手を出しておいてヤリ捨てなんての、あたしは認めないわよ?」

「あ、いや、それはそうなんだけど……」


 ばあちゃんが言っていることは正しいのだが、なんか根本的に考え方が違うような気がした。俺が本山さんに手を出すかもしれないって危機感を、本山さんが感じているかもしれないって話なんだけどな。

 そりゃあ俺が実際に本山さんを襲ったら責任取って娶らないといけないだろう。それぐらいの分別は俺にだってある。お互い遊びでという了承があるならいいが、そうでなければけじめは必要だ。

 でもなぁ。


「いや、俺の提案で彼女に危機感を持たせたとしたら悪かったかなって」

「海人はヘタレなのかしら?」

「ばあちゃん、ヘタレなんて単語なんで知ってんだ」

「TVの……ドラマだったかねえ」


 へんな言葉を年寄りに教えるんじゃねえと思った。


「気になるなら誓約書でも書けばいいんじゃないの? 手を出したら絶対に結婚して大切にしますとか」


 頭が痛くなってきた。ばあちゃんの頭が柔軟過ぎる。ミーが話をしている俺たちのところへトテトテと歩いてきた。


「ミヤーアー」

「ミーちゃん、別に海人をいじめてるわけじゃないのよ? 海人がヘタレだからお話してるのよ~」


 ミーがコキャッと首を傾げた。


「ばあちゃん、ミーにわかるわけないだろ」

「そうかしら? この子相当頭いいわよ?」


 その後、ばあちゃんは本山さんのお母さんと会う機会があっていらんことを話してくれたようだった。


「いつでも嫁にもらってねって言ってたわよ?」

「ばあちゃん、そういうことは当事者間の問題だろーが! これ以上口出すなっつーの!」

「キアーアー!」


 ミーにつつかれた。なんだ、お前はばあちゃんの味方か。この裏切り者め。

 でも寝る前は俺にすり寄ってきた。

 くそう、かわいいじゃねえか。

 結局女性に男が勝てるなんて話はないのだ。じじいもそういう話題に関しては置物みたいになってたしな。相変わらず口を開けば「嫁はまだか」だけど。

 あれ? もしかしてじじいも一緒か?

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