17.礼をしたいと言われた

 月曜日の帰り、本山さんはとても疲れた様子だった。


「よろしくお願いします。本当にありがとうございます」

「そんな礼を言われるようなことじゃないですよ」


 俺は苦笑した。どうせ帰るついでだし。


「どっか寄るところがあれば言ってください」

「……いいんですか?」

「俺もちょっとした買物したりとか、コインランドリーに寄ったりするかもなんで」

「ありがとうございます。あの、明日の帰りはうちに上がっていってほしいのですが」

「え?」

「その……母が礼を言いたいと……すみません」

「礼を言われるほどのことではないんですけどね」


 田舎の人だからけじめみたいなものなんだろうか。あとは、俺がどういう奴か知りたいのだろう。別にやましいこともないので「いいですよ」と答えた。


「……ありがとうございます」


 実家なのに随分肩身が狭そうだなと思ったが、口には出さなかった。

 その日帰宅してから考えた。彼女の事情はともかく、家族構成ぐらいは聞いておくべきだろうかと。

 ミーにつつかれた。


「ミー、いてえっつーの」


 ミーの嘴はかなり鋭いからつつかれると本当に痛いのだ。じじいとばあちゃん、タロウはつついてないみたいだからいいけどな。ってことは俺はナメられてるのか?

 ミーがトットッと動いて俺の膝に乗った。


「ミー、どうした?」

「昼間いないから寂しいみたいよ」


 ばあちゃんがにこにこしながら言った。


「そっか」


 そっと羽を撫でた。土日はできるだけ一緒にいるから許してほしい。


「ばあちゃん、明日本山さんちに邪魔してくる」

「あら、どうかした?」

「本山さんのお母さんが俺を見たいんだと」

「あら、そうなの」


 ばあちゃんは何か言いたそうな顔をした。


「家族構成だけ教えてくれ」

「そうね。それぐらいならいいわよね。本山さんちはうちより五歳ぐらいだったかしら? それぐらい若いご夫婦でね、息子さんと娘さんがそれぞれ一人ずついて、息子さんには小学生のお子さんがいるわ。だから今本山さんちに住んでいるのは五人ね」


 ちょっとわかりにくかったが、ばあちゃんはできるだけ先入観が入らないように教えてくれたみたいだった。

 そういえば甥っ子と暮らしてるって言ってたな。


「娘さんの結子(ゆうこ)ちゃんはまだ独身よ」

「その情報いらねーから」

「……本山のところは面倒だからやめとけ……」


 じじいが呟くように言った。


「だから! そういう情報いらねーっての!」


 別に「娘さんを僕にください!」とか言いにいくわけではないのだ。そうなったら言いに行く前に一応相談はするだろう。多分。

 でも俺もそれなりにいい歳だから別に相談はしねーか。

 脱線した。


「海人は喧嘩っ早いかもしれないから言っておくけど、本山さんの息子さん、だいぶ酒癖が悪いみたいだから気をつけてね」

「マジか」


 さすがに六時前から絡まれないと思いたい。

 なるようになれだ。ミーの頭を指先で撫でてやりながら、そう思ったのだった。

 ちなみに、ミーに、「明日は帰りが少し遅くなるから、ばあちゃんたちの言うことちゃんと聞くんだぞ」と言いつけたらつつかれた。頭がいいのも考えもんだ。



 翌日、仕事帰りに俺は予定通り本山さんのお宅を訪ねた。


「こちらが礼を言う立場なのに呼びつけてしまってすみません」


 本山さんは変わらず恐縮していた。


「いえ、どうせ通り道だからいいですよ」


 どんな奴に送ってきてもらっているのか、親として知っておきたい気持ちもわからんでもないし。

 一瞬菓子折りを用意したものかと思ったが、俺が本山さんを送ってるのに俺がなんか用意するのは違うだろうと思い直した。知らない家を訪ねるということで頭が混乱していたようだった。

 まっすぐ村に帰ってきたので、本山さんのお宅に着いたのは六時前だった。

 本山さんに促され、俺は彼女の家にお邪魔した。


「ただいま。山越さん、連れてきたわよ」

「いらっしゃい。狭い家だけど上がってくださいな」


 本山さんのお母さんという人が笑顔で出迎えてくれた。


「初めまして、山越と言います」


 少し広い部屋に通されて少し緊張した。何故かそこには本山さんのお父さんとお兄さん、そのお子さんも全員いたからだった。男の子は俺を睨みつけている。なんとも居心地は悪そうだった。


「え、と……」

「なんでお父さんと兄さんまでいるの? 山越さん、座ってください」

「あ、はい……」


 見合いじゃないよなと思いつつ、促されるままに座布団に腰掛けた。


「お茶をどうぞ」


 お母さんがお茶を運んできてくれた。お茶菓子と漬物もある。


「おかまいなく」

「で、なんでお父さんと兄さんもいるのよ?」


 本山さんは怒ったように二人を見てもう一度言った。


「送ってくれるなんて奇特な方が現れたって聞いたから気になったんじゃない? 山越さんて、桑野さんのお孫さんなんですってね?」

「あ、ハイ」


 お母さんに話しかけられて返事をした。


「山の手入れをお友達を呼んで行うなんてすごいって話していたのよ。しかも日当まで出してくださったみたいじゃない? もっと早く知っていたらおかずぐらい持たせたのだけどごめんなさいね」

「いえ……元々は弁当とかも持参してもらうつもりだったんで……」

「職場も一緒だってお聞きしたのだけど……職員さんなの?」

「いえ、粗大の方の担当で、ただのバイトです」

「……それじゃ暮らしていけないんじゃないのか?」


 お兄さんが口を挟んだ。なんなんだいったい。


「兄さん!」

「……そうなの。将来どういうご職業につくとか、そういうことは考えていらっしゃるの?」

「お母さん!」


 本山さんがとても困った顔をしている。


「しばらくは根無し草ですね。一人で暮らしていく分には問題ないんで」

「……ごめんなさい。失礼なことを聞いたわ。これからも娘を送ってきていただけると助かります」

「出勤日は送ってきますんで。遅くなる時は連絡します」

「ありがとう」


 帰りにシシ肉を持たされた。うまく調理ができないからもらってくれと言われた。タロウのごはんにはちょうどいいのでもらっていくことにした。

 本山さんは本当にすまなさそうな顔をしていた。


「気にしなくていいから。また明日」


 そう言って本山家を辞した。

 娘だから、悪い男に引っかかったんじゃないかって心配したんだろう。残念ながら俺に嫁さんを養えるほどの甲斐性はない。ミーの世話がいいところだ。


「いくつになってもかわいい娘なんだろうな」


 なんとなく呟いた。

 居心地は悪いかもしれないけど……いい親じゃないか。

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