16.山の上まで登ってみた

 お茶を飲んでから本山さんを送った。明日の帰りから俺が送りますと言ったらとても恐縮された。寺林さんとは話をしていなかったようだった。おっさん話しとけっつーの。


「その……いいんですか?」

「俺も出勤しますからかまいません。嫌なら、無理強いはしませんけど」


 本山さんは女性だし。俺と一緒にいて危機感を覚えるならしょうがないと思う。


「嫌ではないです。ただ、その……悪いので」

「悪くはないです」

「では、お言葉に甘えます。よろしくお願いします」


 本山さんは顔を上げて、挑むような目をした。そんなに構えることではないと思ったが、彼女にとってはそうしなければならないのかもしれなかった。


「じゃあまた明日」


 軽く手を上げて帰宅した。


「ただいま」

「おかえり……ねえ、海人……」


 ばあちゃんが何やら言いたそうに口を開いたが遮った。


「本山さんの事情は聞かないよ。ただの職場の同僚だ」

「そう……」


 そんな重い物を背負わせないでほしい。いろいろあることはあるんだろうが、本人が聞いてほしいと思ったら話すだろう。そうでなければ話さないし、俺も聞かない。それでいいはずだ。


「キーアー!」

「ミー、つつくなっての!」


 だいたい、俺はこのオウムのヒナの世話だけで精いっぱいだ。誰かをかまう余裕なんてない。

 連れて行かなかったから怒っているらしい。


「ミー、運転中はお前にかまえないんだよ。危ないからな」

「ミーヤァー!」


 とんだわがままオウムだ。でもそっと羽を撫でてやったら擦り寄ってきた。ああくそ、かわいいな。

 思わず顔が溶けた。すでに認めている。俺にはこのオウムが必要だ。

 翌日から帰りは本山さんをピックアップして帰ることになった。最初のうちは本山さんも少し緊張している様子だったが、一週間もすれば慣れた。

 粗大ごみの解体・修理でバイトしている面々には「次はいつですかー?」と何度も聞かれる一週間だった。


「様子見てからだよ。隣の隣にかかる場所も見てこないとなんともいえねえし」

「偵察も付き合いますよー」

「偵察て。金は払わねえぞ」

「そんなー」


 そんなにそんなに金払ってたまるか。確かにそれなりに稼ぎはあるが(株で)、自分でできることまで人を雇ってはいられない。


「そのうちな」


 と返して次の土日はタロウとミーと共に山を登った。

 やっぱ手入れしていない場所はつらい。タロウに俺が上りやすそうな場所を選んでもらい、どうにか登った。

 全く手入れをしていない山である。山頂についたと言われても木ばっかりでわからない。ただ、もう土地が上っていないということがわかったから、ここが山頂なのだろうと推察できただけだ。


「つれー……」


 肩掛け鞄はつらいので、ミーはリュックに入れた。ミーが入りやすいようにちょっとばあちゃんに改造してもらった。おかげでミーはご機嫌である。つか鳥だろお前。飛べっての。

 ……実際に飛ばれたら困るけどな。

 山頂には着いたものの、周りの山などは見えない。東側に歩いていけば隣家の更に隣の家と土地を接している山がある。握り飯を食べ、ミーに青菜、タロウにドッグフードを出してからまた歩き出した。

 ……こっちも荒れてんな。しかも境界線がわからない。これは隣の隣と話し合いをする必要があるだろう。なんとも頭の痛いことだ。幸い隣の山は水場がほぼないらしい。へんな位置にあるとそれだけで醜い争いが勃発するからな……。

 さすがに更に南の山まで見てくることはできなかった。


「週一で一人雇って、山の手入れを手伝ってもらうようか……」


 それぐらいならできないこともないだろう。問題は誰に頼むかだった。


「キーアァー!」


 ミーは上機嫌だった。やっぱ自然の中にいるのがいいんだろうな。つっても俺のリュックに入ってるだけなんだが。かといってミーに歩かせたらいつまで経っても終わらないしな。

 タロウも生き生きしているように見えた。目がとても楽しそうである。


「なぁ、タロウ。お前どっから来たんだ?」


 タロウはじっと俺を見た。その目はまっすぐで、本当に知りたいか? と聞かれている気がした。


「……いや、いいよ。ばあちゃんとじじいを守ってくれればそれでいい」


 そんなこと知ったところで、タロウはタロウだ。青みがかった灰色の毛並みは見事で、腹の辺りは白い。オオカミと言われればそうも見えるが、タロウはあくまで穏やかだった。しかも名前がタロウなんだが、この犬? はメスなんである。

 犬ならタロウかジロウだなんてひどい話だ。(南極物語の見過ぎに違いない)

 少し休憩してから帰った。麓についてからミーが俺をつつきまくった。よっぽど虫とかついていたに違いない。これだから山は嫌なんだ。

 作業着がいくらあっても足りない。しかも洗うのはいいがただ干すだけだと嫌な臭いがするんだよな。つーわけで作業着だけはS町のコインランドリーで乾燥までしてきている。

 新年度が始まってしばらく過ぎた。そろそろ粗大ごみの量も落ち着くだろう。でもGW明けもまた増えるんだよな。家の片付けだのなんだので。

 外に出したベンチに腰掛けて、いろいろうまくいかないもんだなとため息をついた。ミーはまだ俺の作業着をつついていた。どんだけなんかくっついてたんだよ。

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